Meridian 180香港サミット レポート

2018年7月17日

 2018年6月15日~6月17日にかけて、Meridian 180の年次大会であるグローバルサミットが、Hong KongのThe Chinese University of Hong Kong (CUHK) にて開催されました。そのカンファレンスの模様をご報告します。

 Meridian 180は危機対応学がパートナーシップを結んでいる、政策提言のためのグローバルなシンクタンクです。2011年に設立され、現在では世界30カ国以上から800名以上の研究者や実務家が参加しています。メンバーが世界中に散らばっているので普段はWeb上でのオンラインフォーラムなどを通じた活動が中心ですが、年に1度、メンバーが一同に介する年次大会 (グローバルサミット)が開催されます。2016年の沖縄大会2017年のブリュッセル大会に続き、2018年は香港での開催となりました。

 過去の年次大会についてはこれまでもホームページでご報告してきましたが、Meridian 180グローバルサミットの内容はいつも、とてもユニークです。たとえば、皆でなにかパフォーマンスする。とにかく、語る。そして、街を歩く・・・。3回目となる今年のサミットでは、こうしたDNAをしっかりと受け継ぎつつも、これまで以上に先を見据えた仕掛けが加わり、Meridian 180のさらなる進化を感じさせるものとなりました。

 今年のテーマは、 "Digital Humanities: Risks and Opportunities" です。いまや、デジタル技術とビッグデータの波は私たちの社会のあらゆる局面をおおい尽くそうとしています。会議では、デジタル技術の影響を深刻に受けつつあるいくつかのセクターに焦点をあて、今後私たちの社会が直面するであろう課題とそれを乗り越える機会を探ります。そのセクターとは、1)データガバナンス(プライバシーとセキュリティ)、2)銀行/ファイナンス、 3)ネットワーク化する政治運動と経済、4)ジェンダー公平性、5)スマートシティの6つで、それぞれが分科会(Idea Stream)として組織されました。参加者はこのいずれかのアイデアストリームに所属し、3日間にわたり議論を深めました。

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 今年の会議の特徴は、このアイデアストリームの議論に例年より重点がおかれたということでしょうか。たとえば昨年のサミットでは、各グループに議論の進め方が完全に委ねられアウトプットも多様だったのですが。今年は2日間にわたる討議のステップとタイムスケジュールが事前に細かく計画されており、すべてのアイデアストリームが同じ枠組みに従って議論を進めました。その枠組とは、現状を分析し、課題を特定し、とりうる対応策のオプションの中から、最適なアクションを選択するといった、いわゆる問題解決のアプローチです。

 この会議運営の変化は、いまのMeridian180を象徴しているように感じられました。Meridian180では、近年ようやくこれまでの活動が様々な形のアウトプットとして実を結びつつあります。今年は、Meridian180で最初の書籍 (Financial Citizenship: Experts, Publics, and the Politics of Central Banking) が刊行され、今後も別のテーマの研究成果をまとめた書籍が後続のシリーズとして刊行される予定です。つまり、具体的な政策提言をアウトプットするところまで、組織の活動が成熟してきたといえます。それにしたがい、グローバルサミットに対しても、メンバーの交流を深めるだけではなく、新たな研究テーマをより確度高く特定するとともに、その後の研究プランにメンバーのコミットを得る場にしていきたいという、そんな期待が込められているように感じました。

 こうした会議運営のしかけにより、討議はいつも以上に活発かつスムーズに進んだようです。会議の最終日に、各アイデアストリームによるプレゼンテーションがありました。内容面では、各グループがそれぞれに異なる領域を扱っていたにもかかわらず、デジタル技術がもたらず問題・課題・解決の方向性について、グループ間で共通した認識がみられたのが印象的でした。どのグループも、テクノロジーが社会の公平性や正義を損ないうるという問題意識が基本にあって、ブラックボックス化されるテクノロジーにどのように透明性を確保し説明責任を担保するのか、社会に既に存在する大きな格差をテクノロジーがさらに拡大するのをどう防ぐのか、という点を課題に挙げました。多くのグループが、そのために必要なのがActive CitizenshipによるEngagement, Involvement, Inclusionであると指摘しました。

 昨年のサミットでの最終プレゼンは演劇や独白パフォーマンスなど趣向を凝らしたものでしたが、今年はプレゼンテーションのテンプレートがあらかじめ提供されおり、多くのグループが同じフォーマットで発表しました。聴いていて感じたのは、手堅くまとめられているが例年に比べて発想の自由さや面白さには欠けたかもという印象です。限られた時間でアウトプットを出す必要にせまられて、無理してプランをひねり出した面がないとはいえません。それでも、今後の研究のパイプラインへとつなぐうえでは、なにもプランがないよりずっと生産的なのかもしれません。今回のこの試みも、たえず進化しようとするMeridian 180の実験のひとつなのでしょう。アカデミックな研究のプランニングを、あたかも企業における商品開発のようなフォーマットを与えてシステマチックに行う。はたしてそれがどのような成果につながるのか、今後のMeridian 180の活動に注目していきたいと思います。

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 さて、会議ではMeridian 180恒例の楽しい趣向もあります。その一つがWorking Dinnerです。毎年のことですが、参加者は、食事の間もディスカッションとプレゼンテーションを求められます。今年のしかけは、ディナーテーブルごとにキーワードが決められており、各自が会議のテーマに関連して日頃から問題だと思っていることを、同じテーブルのメンバーにシェアするというものです。参加者はこのディナーでの対話に向けて、あらかじめ自分の考えるイシューを一枚のスナップショット(画や写真)として準備し、会議に持参することが求められています。サミットでの自己紹介や会話のツールになるので、今年もみな趣向を凝らしたスナップショットを準備していました。以下、いくつかご紹介します(クリックで拡大します)。


 Yuji Genda     /  Kenneth Mori McElwain  /    Kyoko Suzuki

 会議におけるもうひとつの楽しみは、フィールドトリップです。今年はアイデアストリームのグループごとに、香港の様々な場所に飛び出して現地の人とのコミュニケーションを楽しみました。地下鉄の駅、ショピングセンター、博物館、公園、魚市場まで・・・、市民がデジタル技術のもたらす社会をどのように理解し受け止めているのか、インタビューして情報を集めます。メンバーの多くはこうしたハプニングを好むようでこのアクティビティはいつも好評です。私たちも会場となった大学の会議室から、香港の抜けるような青い空のもとに移動して、街の空気を楽しみました。Meridian 180創設者のAnnelise Riles教授が人類学者であることもあり、ローカルなコミュニティに飛び込んで対話と思索を深めることはMeridian 180の大事なDNAとなっています。

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 グローバルサミットも今年で3回目を迎え、参加者同士で顔見知りも多くなってきました。会議では、自分たちがMeridian 180というコミュニティの一員であること、そしてそのコミュニティのアイデンティティを確認する機会になりました。Meridian 180という組織、そこに集うメンバーはどんな人々なのか、印象的だった3つのポイントをご紹介したいと思います。

 まず最初に、彼らは「チームワーカー」です。これは普段アカデミックな世界が個人主義的であることと、対照的です。Meridian 180では、「取り組むべき課題は個人の知では対処できない規模のものである」という認識のもとに、Collaborativeであること、つまり協働してソリューションを生み出すということに大きな価値をおいています。このことを体感したのが、アイデアストリームの討議です。多くのグループでは、プロジェクトマネジメントの経験豊富な実務家メンバーが討議をファシリテートしました。バックグラウンドも英語のレベルもまちまちなメンバーをまとめ上げるその手腕は見事なものでしたが、それにうまく応えたメンバーのチームワークのセンスも同じくらい素晴らしいと感じました。もうひとつ、Collaborationの精神を象徴しているのが、今年のキーノートスピーチです。今年はひとりの有名人をキーノートスピーカーとして招聘することをせず、そのかわりサミットに参加出来なかったMeridian 180の主要メンバー10人余りが会議のテーマを考察するビデオメッセージを寄せ、参加者全員でそれについてディスカッションをしました。一人の天才に頼るのではなく、私たち一人ひとりが協働することでソリューションに到達する、Meridian 180のそんな理念を体現する一コマでした。

 次に、彼らは「社会にインパクトを与えたい」と考える人々です。参加者には弁護士などフィールドで問題解決に取り組む専門家も多く、研究者でも社会の問題に強くコミットしている人が多いと感じます。この点については、創設者Annelise Riles教授のスピーチがとても印象的でした。彼女の著作は数々の賞を受賞し、先日もドイツ政府からその研究功績に対してAnneliese Maier Research Awardを授与されるなど世界トップクラスの研究者です。そのRiles教授いわく、

「私は自分の本が最初に出版されたときのことをよく覚えています。これで世界が変わる!と思った。だって私の本がついに出版されたのですから。ところが期待して待っていてもなにも起こらなかった。もう一年待っても、さらに待ってもやはりなにも起こらなかった。そこで私は本を出版するだけではダメなんだということに初めて気づきました。世の中に本当にインパクトを与えるためには何が必要なのかということを考え始め、それがMeridian 180へとつながりました。」
これは既に多くの書籍を出した彼女だからこそ言えることかもしれませんが、それでも時代の流れもあるように感じます。今回の会議のテーマである"Digital Humanities"という概念は、もともとこれまでのテクスト中心・出版中心主義の人文知を相対化することもその目的のひとつであるとされます。論文を書いたり、本を出すことだけではない、社会に影響を及ぼす知のあり方・研究者のあり方があるのではないか、そんなことを考えさせられました。

 そして最後の点は、彼らが新しいことに取り組むイノベーターであるということ、そういうと聞こえは良いけれども、つまりは「道なき道を歩む人々」だということです。この点を強く感じたのは「デジタル時代の大学のあり方」を議論するワークショップを聴いていた時です。もともとMeridian 180は、既存の大学がもつ学問分野の縦割りを超えることを目的としています。発足当初は大学を母体としながらも、その理念を実現すべく少しずつ自立性を高めてきました。その過程では既存の大学の制度とうまく折り合いをつけるために、難しい問題に直面してきたといいます。Meridian 180のあゆみで本当に価値があると思うのは、それがいつも成功してうまくいっているという点ではなく、壁にぶつかり試行錯誤する姿を見せてくれるところだと感じています。困難な状況は、いつもチャレンジし続けているということの裏返しであり、さらに前に進むためのステップでしかないということを気づかせてくれる、そんなところも多くのメンバーがMeridian 180に惹かれる理由のひとつではないかと思いました。

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 これからMeridian 180がどのような前進をとげるのか、私たちもMeridian 180を支えるパートナーの一つとしてその歩みを支えていければと思います。

(文責・鈴木恭子)

【日本からの参加者による会議の振り返りをご紹介します】

Kenneth Mori McElwain

As a third-time participant in the Global Summit, I was reminded me of the uniqueness of the scope and structure of Meridian 180. It provides a rare opportunity for experts in academia, think tanks, NGOs, and international corporations to share concerns about global problems in a relatively unstructured setting. At the same time, there is an invaluable emphasis on "field work", wherein participants are instructed to interview people in the streets, forcing us outside of our professional, "ivory tower" comfort zones to identify issues and solutions on the ground. This mixing of abstract and concrete ways of problem-solving is uncommon, especially in a conference-setting, but it is both fun and intellectually stimulating.

私がグローバルサミットに参加するのは今年で3度目になりますが、メリディアン180のユニークさを改めて実感しました。大学・シンクタンク・NGO・グローバル企業で働く人々が、世界が直面する課題に自由に意見を交わすことができる、貴重な機会です。また「フィールド・ワーク」をとても大事にしており、私たちはみな居心地の良い「象牙の塔」を出て、ストリートで人々と語り問題と格闘することになります。この抽象的かつ具体的な問題解決のアプローチは、ほかの会議では見られないものですが、とても楽しく、そして刺激的です。