危機対応学・公開ワークショップの報告 「未来の自然災害に備えて ~今、知っておくべきこと~」
危機対応学プロジェクト・社会調査班は、2017年11月25日 (土)、岩手県釜石市にて公開ワークショップを 開催しました。危機対応学プロジェクトと岩手県釜石市は、産学官民協働の「危機対応研究センター」を設置し、震災・津波の記憶継承や将来の危機対応に関する共同研究を行っています。今回のワークショップは、危機対応学プロジェクトが実施した全国調査「将来に向けた防災意識・行動・価値観調査」の中間報告を目的として開催されました。釜石市民の皆様・消防団員・自主防災組織の方々など、約50人の方にご来場いただきました。
ワークショップ会場の様子
当調査の概要
「将来に向けた防災意識・行動・価値観調査」(代表・有田伸)は、2017年2月~3月に行われ、日本全国に居住する25~74歳の男女を対象に、無作為抽出した5,500人に調査票を郵送、2,750人から回答を得ました(回収率50%)。当調査では、人々にとって重要な危機のひとつである「自然災害」に焦点をあてて、日本人の意識・行動・価値観を探ることを目的としています。私たちは、釜石市の震災経験の知見を調査に取り入れたいと考え、調査票の設計にあたって釜石市役所のご意見を参考にさせていただきました。プロジェクトでは研究会を重ねて調査の分析を進めており、このたび釜石市にて中間報告をさせていただく運びとなりました。危機対応学プロジェクト・釜石調査班リーダーである中村尚史の司会のもと、社会科学研究所の5名のメンバーが報告を行いました。以下に、報告の概要をお伝えします。(各報告の資料画像をクリックすると、報告のポイント資料がご覧頂けます。)
司会・中村尚史
1.「危機に対する自信と準備:即興を支える3つの志向」(玄田 有史)
危機対応学プロジェクト・リーダーの玄田有史は、「危機に対する自信と準備:即興を支える3つの志向」というテーマで報告を行いました。調査では、災害への事前準備が豊富な人ほど対応にも自信があること、また「突然の出来事に即興的に対応するのが得意」と回答した人は、事後対応に自信があるだけでなく事前準備も怠らない、という興味深い傾向が明らかになりました。玄田は「危機には、事前の計画にもとづく『エンジニアリング』的対応とならんで、そのときの持ち合わせの材料でやりくりする『ブリコラージュ』(レヴィ・ストロース)的対応が大切なのではないか。」との問題提起を行いました。
2.「誰が危機に備えているのか:地震保険加入を例に」(藤原 翔)
藤原翔は、地震保険を例にとり、誰が危機に対する備えをしているのか、というテーマで報告を行いました。多くの人が地震による被害を心配している一方で、地震保険に加入している人は多くはありません。調査では、家族や資産などの「守るもの」がある人が地震保険に加入しやすくなりますが、地震リスクについては客観的確率よりも主観的にどのようにリスクを見積るかが保険加入に影響すること、また地震保険に加入する人は微小な確率に対して反応しやすい性質を持っていること等が明らかになりました。
3.「自然災害と居住選択:『そこに住み続けたい』という気持ち」(鈴木 恭子)
鈴木恭子は、どのような人が「いま住んでいる地域に暮らし続けたい」と考えるのか、自然災害の危険や被災を経験することがその思いにどのような影響を及ぼすのか、というテーマで報告を行いました。分析の結果、居住年数の長さや頼れる友人がいることが「地域への愛着」を高め、その他に中高年・家族と同居する人・中規模以上の都市に住むこと等が居住継続意向を高めることが明らかになりました。一方で、居住地域に自然災害の危険が高いことや被災した経験は「住み続けたい」という気持ちをほとんど損なわないものの、被災後に転居した人は転居先に住み続けたい意向が強まること等が明らかになりました。
4.「人々は平時・災害時に何を信頼するのか――ふだんの社会ネットワーク特性との関連から――」(石田 賢示)
石田賢示は、ふだん人々がどのような社会ネットワークを持っているかが災害時の信頼感にどのような影響を及ぼすか、というテーマで報告を行いました。分析の結果、男性・壮年・未婚層で、「助けてくれる人」が近くにいない確率が高くなること、また日頃近くにサポートしてくれる人がいない人や、ふだんネットやSNSといった情報源を信頼している人は、災害時のさまざまな支援主体に対する信頼感が低い傾向があることが明らかになりました。おもてにあらわれにくい「誰も助けてくれない」状態の人に、普段から目を向け耳を傾けることが、災害に対する支援を受け入れやすい環境を作る第一歩になると指摘しました。
5.「仮設住宅への入居をどう決めるべきか?:危機時の配分に関する人々の意識」(有田 伸)
有田伸は、仮設住宅の入居を例にとって、「危機時の配分」を決める上でどのような基準が優先されるべきと人々が考えているか、というテーマで報告を行いました。調査では「行政や上の人に任せるべき」と「自分たちで決めるべき」との回答比率はほぼ半々でした。また、「高齢者がいる」「子どもがいる」「貯金がない」などニーズ・能力のいずれを優先させるかについても、人々の意見が実にさまざまであることが明らかになりました。「行政等が主導して方針を決めても必ず反対意見は生じうる。"世帯の状況を考慮し、優先度に差をつけた抽選"あたりが方法の一つと言えそう」と結果をまとめました。
「防災対策の認知度について:政策が届かないのはどこか」(飯田 高)【資料のみ】
飯田高は、国や自治体の防災対策がどの程度認知され、認知していないのはどのような層かというテーマで、調査の分析を行っています。都合により今回のワークショップには参加がかないませんでしたが、玄田有史が代理で簡単な報告を行いました。分析の結果、「国や自治体の防災対策がありますか?」という問いに対して、約半数の人たちが「わからない」と回答していること、年齢が低い人・親戚や近隣の知り合いから情報を得ていない人ほど「わからない」が多いことなどが明らかになっています。SNSを活用した防災対策の検討がすすめられるなか、それでもなお取り残される層が広く存在することには留意すべきと、飯田は指摘しています。
このあと質疑応答にうつり、フロアの市民の方よりさまざまなご意見・ご感想を頂きました。ここでは3つの観点からご紹介します。
「社会科学にできることは何か?」
釜石市の防災行政を担当されている佐々木亨様より、「今日の報告は、行政が普段行っている『危機管理』や『防災』とは少し離れているように思った。実態(被災状況)がどうなっているのかをしっかり見て、どのような場合にどのような対応を取ればよいかという具体的な提案がほしい。多くの人が自分は災害にあわないと思っているという話があったが、関心がないのはなぜか、関心を持たせるにはどうすればよいか、踏み込んだ提案があったらよい」とコメントをいただきました。玄田は、「危機対応学プロジェクトが具体的な提案を目指すうえで、今回の調査・定量データの分析だけで分かることは限られており、現在釜石市で行っているインタビューや事例研究など他の調査を通じた知見をあわせて考えたい」と指摘しました。その上で、「危機管理」「防災」について具体的な提言を行う理系学問と比較した際の、社会科学からのアプローチとして「言葉のもつ力」を活かすという方向性を挙げました。新しい「言葉」は、それが人々の間に認知され広まることによって、社会に存在している(潜在している)問題や可能性を可視化する力があります。今回ご紹介した「ブリコラージュ」という言葉も、それを知ることによって、災害時の「何もない」という状況の中でも「ないからできない」ではなく「あるもので何とかする、やってみよう」と考えられるようになる、言葉の力を活かしてそういう可能性を拓くことに今後取り組んでいきたい、と述べました。
「政策にどのような示唆があるか?」
フロアの関心が高かったのは、それぞれのテーマが実際の政策にどのような示唆を持ちうるか、という点です。たとえば鈴木報告に対してフロアから仮設住宅政策との関連の指摘があり、鈴木は「一旦移動したら人は移動先に住み続けたいと感じている。落ち着いて社会関係を築ける環境が重要」と指摘、玄田は「年齢や居住年数とは別に、地域への愛着を持てるかどうかという次元がある。地域に愛着を持てる仕組みをどのように作っていくのか、その取り組みが重要」と述べました。どうすれば防災への意識を高められるかという点について、藤原は「災害を他人事だととらえている人々の認識を変えるのは、エンジニアリング的な対応では難しいかもしれない。しかしどうやっても危機感を持たない人がいるという、そのことが人間らしい。それでも認識が変わらない人がいるということを知ることで、それを前提に仕掛けを考えていくことができる」と指摘しました。情報に依存しすぎることが危険を招くというご指摘に関連し、石田は「ネットやSNSは重要なツールではあるが、それをどのように活用していくかが問われている」と述べました。
「危機に対応する力-ブリコラージュの『知恵』をどう身につけるか」
「ブリコラージュ」(ありもので即興的にやりくりする力)は、「知識」に対する「知恵」だといえるが、社会のマニュアル化が進む中でどのようにそうした力を身につけていくことができるのかー、という問題提起がフロアからありました。有田は、「宇宙飛行士の訓練では、マニュアル化では対応しきれない前例のない危機に対応するため、『マニュアルが出来た背景を学ばせる』と伺ったことがある。ひとつひとつのルール・対処法がなぜ必要とされるのか、マニュアル化された背景・意味を理解することで、自分なりのマニュアルをつくる・対応力を養うことができる」とコメントしました。玄田は「危機対応で重要になるのは『リーダーシップ』をどう考えていくか。今回の仮設の入居基準のように、ギリギリで意見が拮抗する、その中で苦渋の選択・決断をしなければならない時に、その決断をリーダー個人の責任にするのではなく、皆が自分のこととしてその選択を共有することができることが重要ではないか」と指摘しました。
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今回のワークショップでは、震災を経験された釜石の皆さまとの意見交換を通じて、プロジェクトの今後につながる沢山の示唆をいただきました。あらためて、ワークショップに足をお運びくださった沢山の方々、および釜石市役所総合政策課の皆さまに、心より御礼申し上げます。皆さまよりいただいたご意見を活かして、今後さらに分析を深めてまいります。あらためて皆さまに成果をご報告できる機会を、プロジェクトメンバー一同楽しみにしております。(文・鈴木恭子)