エッセイ

被災経験と時間の複数性 ──危機対応学公開シンポジウム「震災を生きる」を終えて

2017年10月 5日

佐藤 岩夫  2017年8月26日、岩手県釜石市・釜石PITにおいて、危機対応学...

大阪の都市政治からの危機

2017年10月 3日

森 裕之(立命館大学) 1.大阪の都市政治  現在の政治は底が抜けたかのように、...

考えたくないことを、誰がどう考えるか? ―「ネガティブ・ケイパビリティ」と危機対応学―

2017年7月13日

有田 伸  死刑囚の朝は恐怖に満ちているという。近づいてくる刑務官の足音が、自ら...

ピンチを転機に変える―釜石における被災企業の危機対応―

2017年6月20日

中村 尚史  2016年4月16日、私は、テレビに映し出された熊本城の崩れゆく...

「内向き社会」という危機をこえて ―Meridian 180年次大会(ブリュッセル)に参加して

2017年6月15日

鈴木 恭子 今回は、ブリュッセルで開催されたMeridian 180のカンファ...

家族の危機と危機への対応:家族研究の視点から

2017年4月11日

苫米地なつ帆  「家族の危機」という言葉から、どうようなことがイメージされ、危...

危機対応の社会科学と集団科学的思考

2017年3月14日

小川和孝 1. 社会科学における「集団科学的思考」の重要性  生物学者のエルンス...

誤解と疑念が生む危機

2017年2月 7日

飯田 高 ※このエッセイは、2016年12月20日に行われた危機対応学ワークショ...

キューバ危機(1962)はなぜ回避できたのか?

2017年1月19日

保城 広至 はじめに  2016年11月25日、キューバの国家元首であったフィデ...

希望、沖縄、危機対応

2016年9月12日

玄田 有史 英語版 危機対応と希望学  今年度からの新しい社研の全所的プロジェク...