デジタル化と危機と社会科学

2018年9月 4日

伊藤 亜聖

要旨

 香港で開催されたMeridian180会議に参加し、デジタル化について他分野の研究者や実務家を交えて考える機会を得た。デジタル化という現象への見方や評価が拡散している現状に改めて気づかされた。本エッセイでは会議の内容を振り返ると同時に、デジタル化に関する社会科学分野での分野横断的な議論の場の必要性について意見を述べたい。


Meridian 180香港サミット

 2018年5月15-17日、香港中文大学でMeridian180コンファレンスが開催された。この会議はコーネル大学の研究者が中心となって企画され、社会科学の研究者、そして実務関係者を幅広く集めて社会的課題を横断的に議論する試みである(公式サイトはhttps://meridian-180.org/ja )。私は東京大学社会科学研究所の危機対応学プロジェクトの活動の一環として、後半2日間に参加した。

 すでに同コンファレンスに共に参加した鈴木恭子さんが別途レポートを執筆されているとおり、今回の会議のテーマはDigital Humanities: Risks and Opportunitiesであった。主題をどう訳すか迷うところだが、「デジタルな人文知」、「デジタル化と人文社会」あるいは「デジタル化と人間性」などとなるだろうか。研究者に加えて多様な国から弁護士やコンサルタントといった実務家が参加して議論をする点に一般的な学術会議との差があった。

 コンファレンスは5つのグループに分かれ、それぞれのテーマはData Governance (Privacy & Security)、Banking & Finance、Gender Justice、Smart Cities、Networked Political Movements & Economiesであった。このうちで、筆者が参加したのはNetworked Political Movements and Economiesグループである。  デジタル化をテーマとしているだけに、会議自体も開催前からスマホアプリを使って自己紹介や意見交換をした。私は新しいアプリをダウンロードするのが好きなので、いずれも試してみた。例えば事前の議論をするためのアプリ、Basecamp(https://basecamp.com/)はよりメンバーシップが限られたFacebookのような感じで、ファイルの共有もしやすい。もう一つ、大会期間中に実況中継的に利用を推奨されたのはAttendify(https://attendify.com/)というアプリだった。例えば「Aグループではこんな論点を議論している」、「Bグループはフィールドワークでどこどこに来た」といった情報を投稿して、ほかの参加者が、「いいね!」を押したり、「その論点はうちのグループでも出たね」といったコメントがついたりする。

写真1 コンファレンス中にAttendifyで随時共有される情報
(左側は初日の会議の様子。右側は私が投稿した自分なりの議論のまとめ図)

 私はこのワークショップに2日参加して、Attendifyに合計31件の投稿をしたので、アプリをかなり活用した参加者の一人だった。率直な感想を言えば、BasecampやAttendifyはFacebookのメンバーシップを限ったグループでも代替できるし、よりオープンな議論をするのであれば「Twitterでハッシュタグ#Meridian180 HKをつけてツイートしよう!」でもいいような気もした。ただ、参加者の中にはこうしたプラットフォームを理由あって使わない人もいたし、やむを得ないかもしれない。なかには自称「元無国籍主義者のハッカーで、メールもFacebookも絶対使わないし、メッセージは完全フリーソフトかつセキュリティが高いSignalしか使わない」という参加者もいたくらいである。筆者も、もともとあまり社交的な人間でもないので、SNSは正直合うものと合わないものがあって、SNS全般をあまり使わないという人の気持ちも多少わかる。筆者はここ数年、中国のスタートアップ業界を研究していることもあり、エンジニアやプログラマーの人たちが新サービスを積極的に使うのを普段から目にすることが多かった。その意味では今回のコンファレンスではSNSに対して懐疑的な人たちの意見をじっくり聞く機会となった。

 もう一つMeridian180で特徴的であったのは、コンファレンスの期間中に、小さなグループに分かれてフィールドワークを行ったことだ。筆者は大学から2駅となりの沙田(Shatin)駅の公園に行き、現地の人へのインタビューを行った。公園には多くの人がスマホを片手に歩いていた。グループのメンバー(中国政治の専門家)と話しかけてみるとPokemon Goのイベントがあったため、貴重なイベント・ポケモンを獲得するために数百人の人が公園に集まっていたのだ。Pokemon Goはデジタル地図情報をインフラとして、スマホのGPSセンサーを活用してプレイヤーを実際に街に歩いてもらいながら、モンスターを集め、そして戦わせる。拡張現実(Augmented Reality, AR)と呼ばれる領域のゲームである。フィールドワークで期せずして、こうしたARゲームのプレイヤーに遭遇したことも印象的な出来事だった。

写真2 香港でのフィールドワークで見たダンスを楽しむ人、Pokemon Goを楽しむ人


デジタル化の「機」と「危」

 コンファレンスのなかでの議論も念頭に、危機対応学の観点から、デジタル化がもたらす「危」と「機」の両面から考えてみたい。

 まずは「機」、つまり機会の側は、言うまでもなくデジタル技術の普及は通信費用の低下を通じて、より世界を小さくしてきた。メッセージアプリを使って遠く離れた場所にいる家族とほぼ無料で、顔を見ながら会話できるようになったのはスカイプが一般化して以降の、この10年程度の出来事である。 国際経済学者であるリチャード・ボールドウィンは、過去に生じた物流コストの低下、情報通信コストの低下に続いて、今後のIT技術の普及はアイデアを移転させるコストを劇的に下がることになり、これは歴史的に重要な第三の画期となると指摘する(ボールドウィン, 2018)。

 危機そのものへの対応に、デジタル技術とコミュニティが活用された事例もある。福島第一原発の際、安価なIoTデバイスを利用して、個人で放射線量のデータを測定し、そのデータを共有することで、リアルタイムかつ包括的なデータを作り上げたSafecast(https://safecast.jp/)の事例は著名だし、実際に日本社会が経験したことだ。日本政府が目下進めようとしている「ソサエティ5.0」政策は、近年利用可能になったIT技術、IoTデバイスを活用し、広く社会に普及させること、いわゆる「社会実装」を加速させることで、様々な社会的な課題を解決しようとしているが、どこまでこういった草の根の運動の可能性に目配りをしているかは不明だ。ただ、人口減少と高齢化に悩む地域において医療サービスを維持するうえで、遠隔医療やドローンによる離島への薬品輸送は有効な対応策になるはずであり、日本社会でも新しいIoT端末(ドローンを含む)や新サービスがより積極的に導入されるためには、何が足りないのか議論はまだまだ必要だろう。

 それでは「危」の側はどうだろうか。

 実のところ、筆者が参加したMeridian 180のセッションでは、デジタル化がもたらす問題点を巡って多くの議論が展開した。正直な感想を言えば、筆者はもっとデジタル化がもたらす利便性に関してもコンファレンス全体が議論すべきだったと感じている。ただ、法学者や弁護士がデジタル化のリスクを真剣に議論しているのを聞く機会を得たことは、筆者にとっても大きな学びとなった。サイバーセキュリティの問題についていえば、例えば昨今のFacebookのデータ流出問題に始まり、政治学の研究者からはフェイクニュースやケンブリッジアナリティカに関連した、選挙運動と投票行動への影響がとくに問題視されていた(ケンブリッジアナリティカは米国大統領選挙、BREXITを巡る選挙運動への影響が疑われている)。無論、功罪ともにあるという意見もあり、典型的には"Digitalization amplifies both benefits and risks (デジタル化は利益もリスクも増幅する)"という発言に現れた。つい最近SNSでシェアされた話で言えば、ネットを介して詐欺に合うリスクも、そしてネットワークを活用して個々人のクリエイティビティが発揮される可能性も、両方ある、だからこそ後者の可能性を広げたいという意見は十分ありえるものだろう( 「71歳からのピクシブが、母の「世界」を急速に広げた。体験談に共感広がる」)。

写真3 参加したグループの会議室(休憩中)


デジタル化と社会科学

 筆者は中国経済を研究しているので、中国のデジタルエコノミー、そしてイノベーションのメカニズムに関心を持って研究を進めている。例えば中国のドローン産業の研究もしているが(伊藤, 2017)、5年前の2013年に登場した中国のDJI社のPhantomシリーズは世界に大きなインパクトを与えた。5年前にはほぼ存在しなかった市場が開拓され、そして農薬散布、測量、そして今後は倉庫管理や物流への活用が期待されている。ドローン自体は物理的なハードウェアであるが、その運行管理システムや3次元地図情報はまさにデジタルデータであり、デジタルとフィジカルの融合をどう進めるかを考えるうえで、中国企業が重要なプレーヤーとなり始めている。

 加えて、最近とくに感じることは、中国のデジタルエコノミーとイノベーションの進展がもたらしつつある派生的論点の多さである。中国が関わる論点としては、例えば米中貿易摩擦も、その背景としての先端的テクノロジー、例えば人工知能や自動運転技術を巡る両国の競争を指摘する向きもある(関, 2018)。米国政府は通商法301条に基づいて、中国の「不公正な貿易政策」への対抗策として対中関税を発動しているが、その2018年3月に刊行されている報告書の中身を見ても、中国政府による合弁企業形態の強制による技術移転の問題やサイバーアタック、そして中国企業による米国企業の買収などが問題視されている(Office of the United States Trade Representative, Executive Office of the President, 2018)。地政学上の目的を達成するために経済的手段を用いるという「地経学(Geo-Economics)」という言葉すらも超えて、「技術の地政学(Geo-Technology)」と呼ばれる領域までが注目を集めつつある。事実として中国のIT企業の対外投資は加速しており、とりわけ東南アジア地域でのアリババやテンセントによる企業買収は2017年以降に急増している(伊藤, 2018a)。

 また、権威主義的体制とデジタル化の融合が何をもたらすのか、も関心を集める論点となっている。俗に「ビッグブラザーがビッグデータに出会ってしまった(The big brother meets big data)」とも表現される情報技術を使った言論統制や社会統制は、「デジタルレーニン主義」とも呼ばれている(Heilman, 2016)。ここで典型的に想定されているのは、SNSやデジタルプラットフォームで得られた個人情報を用いた監視や言論統制である。しかし「デジタル化と権力・当局の関係」を中国のみの特殊問題と位置づけるのはむしろ問題を矮小化させる。高口(2018)が指摘するように、中国における人工知能の活用は監視社会としての面を強めているが、同時にデータと利便性の交換という側面では多くの国々が同様の課題に直面している。

 個人的には先進国よりも一部新興国でむしろデジタル化が加速する、いわば「デジタル化のパラドクス」という現象に興味を持っている。中所得国水準にある中国で、むしろモバイル決済やシェアリングエコノミーが世界のなかでも先んじて普及し、インドネシアでシェアリングエコノミーが、ケニアでモバイル決済が進展しつつある。世界銀行のデータを用いて、横軸に国別の一人当たりGDPを、縦軸に「過去1年間に携帯電話またはインターネットを通じた金融機関口座にアクセスした人の比率」をとると、図1のようになる。おおむね右肩上がりになり、経済発展水準とIT技術を活用した銀行口座へのアクセスは相関している。ただ、同時に縦軸の普及度40%から~60%のエリアに、かなりのバリエーションがあることも指摘できるだろう。最も印象的なのは、一人当たりGDPが10万ドルを超えて世界1位であるルクセンブルグ、そして同8万ドルで第二位のスイス、そして一人当たりGDPがわずか1500ドルのケニアが、この上記縦軸の指標では、57%で並んでいるという事実である(この点については伊藤(2018b)にてもう少し検討を加えている)。これを単に新興国政府の政策主導で進んだといった単純な理解で片づけることはできない。その背後にある制度設計、そして産業組織にまで踏みこんだ検討が必要だろう。

図1 国別の経済発展水準と携帯・インターネットを通じた銀行口座への アクセスの比率(2017年)

(注)横軸が一人当たりGDP(米ドル,当年価格),縦軸が「過去1年間に携帯電話またはインターネットを通じた金融機関口座にアクセスした人の比率(金融機関口座を持っている15歳以上に占める比率)」。
(出所)世界銀行のグローバル・フィンデックスデータ
(https://globalfindex.worldbank.org/)および世界開発指数(https://data.worldbank.org/products/wdi)より筆者作成。

 少し視野を広げてみると、筆者の所属する社会科学研究所の守備範囲である経済学、法学・政治学、社会学の多くの領域でも、デジタル化が幅広く議論され始めていることに気づく。

 経済の領域では、デジタルプラットフォーム企業の台頭が目覚ましい。世界の上場企業企業価値ランキングの上位は、Google, Apple, Facebook, Amazonといったシリコンバレー勢と、Alibaba、Tencentといった中国のプラットフォーム企業に占められ、ついに企業価値1兆ドルを超える企業も登場した。いずれも数億人以上のユーザーを抱え、プラットフォームを通じたコンテンツの販売やターゲティング広告で収益を上げている。こうした企業の登場が労働分配率の低下をもたらしたという議論もあるし、また国際機関もレポートでデジタルエコノミーの特集を組んでいる。その中では3Dプリンターの普及が国際貿易に与える影響や、データのやり取りをどのようにルール化するべきかといった論点が議論されている。例えばHallward-Driemeier and Nayyar(2017)は、3Dプリンタを筆頭とするデジタル技術が普及し、部品の生産が可能となった場合、後発国の工業化や経済発展戦略に大きな影響を与えうる点、とくに工業化による雇用吸収と経済成長が進まない「未熟脱工業化」の可能性に言及している。

 近年の各国の政策イニシアティブを見ても、IoT化やデジタル化をいかに自国内で推進するかを、先進国のみならず途上国・新興国も模索している。ドイツ政府のIndustry 4.0構想、日本政府のSociety 5.0政策に加えて、中国政府のメイドインチャイナ2025構想やインターネットプラス政策、タイ政府のThailand 4.0構想、東部経済回廊(EEC)構想、これらはいずれも情報化にかかわるものである。 

 法と経済学にまたがる議論も目立つ。プラットフォーム企業への対応では、2018年7月に欧州連合・欧州委員会が独占禁止法違反を理由としてグーグルに対して5700億円の制裁金支払いを命じており、日本でもアマゾンが出品事業者に値引き額の一部補填を求めていた疑いを受けて、公正取引委員会が立ち入り検査を行っている。欧州連合のGDPR(General Data Protection Regulation、一般データ保護規制) では、利用者側が個人情報を管理者から受け取り、そして第三者に移転させる権利(データポータビリティ権)がすでに2018年5月25日から適用されている。政治学の領域では、すでに指摘したようなSNSを活用したフェイクニュースが選挙活動に与えた影響が挙げられる。外交研究の領域では、他国の世論や選挙への介入が「シャープパワー」と呼ばれ、すでに論点の一つとなっている(阿南他, 2018)。中国政府は外国世論の分析に人工知能を活用する予定、との報道までながれている。

 社会学の領域ではどうだろうか。全くの門外漢ではあるが、デジタル技術へのアクセスの差、つまりデジタルディバイド(Digital Divide)が社会階層や社会集団に与えうる影響は一つの論点となるはずだろう。Meridian180の議論では"Delete Facebook"などの社会運動を社会の側からの異議申し立てとして重視する意見もでていたし、このほかにもサイバー空間でのジェンダー問題(例えばリベンジポルノの問題)が論点となっていた。また教育分野でも、デジタル化する社会を前提としたリテラシーをどのように設定するかは課題になるだろう。社会的課題を解決するためのプログラミング教育は無論重要だし、それに加えてSNSの使い方などは、千差万別であろうがある程度道徳的な論点も含まれるかもしれない。

写真4 "Networked Political Movements and Economies"グループのプレゼンテーション

 このように考えてみると、デジタル化について社会科学のそれぞれの分野ではすでに個別の論点について踏み込んだ議論が展開されつつある。その一方で、横断的にどのようなイシューと意見があるのか、集約されていない、という印象も受けた。社会科学の研究者が集まり、それぞれの領域でどのような論点、どんな研究が登場しているのか、幅広く議論して整理する機会を持ってみてもいいのではないだろうか。香港のコンファレンスに参加して、そんなことを考えたのだった。

※参考文献

  • 阿南友亮、佐橋亮、小泉悠、クリスファー・ウォーカー、保坂三四郎、マイケル・マッコール、川島真(2018)『シャープパワーの脅威』中央公論Digital Digest。
  • ボールドウィン, リチャード(2018)『世界経済 大いなる収斂 ITがもたらす新次元のグローバリゼーション』日本経済新聞出版社。
  • Hallward-Driemeier, Mary; Nayyar, Gaurav (2017). Trouble in the Making? : The Future of Manufacturing-Led Development. Washington, DC: World Bank.
  • Heilmann, Sebastian(2016) "Leninism Upgraded: Xi Jinping's Authoritarian Innovations", China Economic Quarterly, 20 (4), Dec. 2016.
  • 伊藤亜聖(2017)『中国ドローン産業報告書2017 動き出した「新興国発の新興産業」』東京大学社会科学研究所・現代中国研究拠点リサーチシリーズNo.18, 2017年3月.
  • 伊藤亜聖(2018a)「中国のデジタルエコノミーはアジアをどう変えるか?」『 タイ国情報 』2018年5月号、19-34頁。
  • 伊藤亜聖(2018b) 「新興国におけるスタートアップとデジタル化をどう見るか?」JETRO調査レポート「南アフリカ共和国のスタートアップ事例 ~新興国におけるイノベーションの実態~」所収(https://www.jetro.go.jp/world/reports/2018/01/dc6281dfc43c889b.html)。
  • 関志雄(2018)「米中経済摩擦の新段階― 焦点は貿易不均衡から技術移転へ ―」RIETI中国経済新論:実事求是,2018年6月4日掲載記事。
  • Office of the United States Trade Representative, Executive Office of the President (2018) "Findings of the Investigation into China's Acts, Policies, and Practices Related to Technology Transfer, Intellectual Property, and Innovation under Section 301 of the Trade Act of 1974", March 22, 2018.
  • 高口康太(2018)「中国のAI社会は「異形」か 個人データと利便性を取引」『Journalism』 2018年7月号、50-57頁。