被災経験と時間の複数性 ──危機対応学公開シンポジウム「震災を生きる」を終えて

2017年10月 5日

佐藤 岩夫

 2017年8月26日、岩手県釜石市・釜石PITにおいて、危機対応学公開シンポジウム「震災を生きる:釜石市被災者アンケート5年間の記録」が開催された。当日会場で挨拶をいただいた野田武則釜石市長、広報や会場準備その他で大変お世話になった釜石市役所の関係者の皆さん、また、主催者である危機対応学プロジェクトの関係者にもお礼を申し上げたい。


歓談する野田武則釜石市長と大沢真理社研所長

 このシンポジウムでは、私と神戸大学発達科学部教授の平山洋介さん(住宅政策)を中心とする全国の研究者のグループが、東日本大震災の津波で大きな被害を受けた釜石市において5年間にわたり実施した被災者アンケート調査の結果を報告した。調査への協力をお願いしたのは、主として、釜石市にある仮設住宅および釜石市で被災し市内外のみなし仮設に居住していた被災者の方々(世帯)である。第1回目の調査を2011年7月末に実施し、その後、ほぼ毎年1回のペースで、2012年7月下旬(第2回)、2013年11月(第3回)、2014年11月(第4回)、2016年2月下旬(第5回)に調査を行った。第4回と第5回の間に少し間が空いたのは、当面最後となることが予定された第5回の調査を震災から5年目の節目となる時期になるべく近接して行うためである。回答の総数は5回の調査で延べ5,481人(世帯)にのぼる1


司会の玄田有史氏(東京大学社会科学研究所)

 私たちがこの調査を企図した理由は2つあった。1つは、震災直後の復旧・復興をめぐる議論への違和感である。とくに国の議論では、大規模な嵩上げ(土地区画整理事業)や防災集団移転の構想がいち早く打ち出された。しかし、被災地や被災者の実状はさまざまである。当時の国の議論は、はたして被災地・被災者の実情を十分に把握した上でのものであるか疑問があった。もう1つの理由は、釜石市のために自分たちに何ができるかということであった。2006年に社会科学研究所の希望学プロジェクトの釜石総合調査に参加する機会があり、その後も自分の調査でしばしば釜石市を訪れ、釜石市の多くの方々にお世話になった。津波により釜石市が大きな被害を受ける報道を目の当たりにして、お世話になった釜石市のために何かできないかと考えた。しかし、都市計画や住宅について多少の知識はあるとはいえ、現地の実状を知らない人間が賢しらに発言をしても、それは結局、国の復興構想と同様、地に足のつかない話になりかねない。そこでむしろ、被災者の被災の実態およびその後の生活再建の課題を地道に調べて、各種の施策の参考にしてもらい、あるいは少なくとも、今回の震災の記録として残すことができればと考えた。そして震災から間もない5月27日の夕刻、釜石市の災害対策本部で野田市長にお会いした折にその旨を伝えたところ、「是非やってほしい。本当は行政がやらなければならないことだが、今は震災への対応で手一杯。できることは協力する」と言っていただいたのをきっかけに、調査の準備が本格化した。


会場風景

 被災地において、被災者の方々の心情や生活に配慮し、はたしてどのような調査が可能か、最初は手探りの状態であったが、結果として、ありがちな単発の調査ではなく5年間継続的に調査できたこと、また、仮設住宅だけでなく、みなし仮設住宅の被災者にも調査ができたことなど、それなりに意義のある調査になったと思う。もちろん調査の結果は、地元の皆さんにお返ししなければならない。毎回の調査の結果は、報告書にまとめて市役所その他の関係機関に届けるとともに、復興釜石新聞の厚意で特集記事を掲載していただいたり(『復興釜石新聞』2012年12月29日号、2014年9月20日号)、東京大学釜石カレッジ(2014年10月22日)においても報告してきたが、今回の危機対応学公開シンポジウムにおいて5年間の調査結果をまとめて地元の皆さんに報告する機会が得られたことは、私たちにとっても大変有り難いことであった。


平山洋介氏(神戸大人間発達環境学研究科)

 さて、8月26日のシンポジウムにおいては、私が以上のような調査の経緯を簡単に紹介した後、平山さんが、「住まいを再建する:人びとの選択と揺らぎ」と題して、5年間の調査結果を振り返って報告した。5年間の調査結果を丹念に整理し、1)震災を契機に世帯の縮小と高齢者世帯の増加が進んでいること、2)年金に依存する度合いが高まり、震災前とくらべてお金の面での暮らし向きは「苦しくなった」と答える世帯が6割を超えること、3)震災前に居住していた土地が災害危険区域に指定されたり土地区画整理等の事業適用を受けていても、実はそのことを正確に理解していない人が意外に多いこと、4)元々は持家一戸建てが多かった土地柄であることから、将来の住宅再建意向も、当初(第1回調査)は持家一戸建てを希望する世帯が多かったが(約8割)、しかし、震災から1年が経つ頃(第2回調査)を境に、持家一戸建ての希望が大幅に減り(5割弱)、それに代わり災害復興公営住宅の希望が増えたこと、5)将来の居住先の見通しは年を追って改善しているが、震災から5年が経った段階(第5回調査)でも仮設住宅の回答者の15%が「転居先の見通しは(あまり・まったく)たっていない」と回答していることなどが指摘された。

 平山さんは、以上を踏まえて、今回の被災地では、持家を再建する上で住宅ローンという方法は効果的ではなく、地震保険や住宅再建補助金の役割がクローズアップされたこと、また、平山さん自身が経験した阪神淡路大震災の教訓を踏まえて、今後の災害復興公営住宅の運営においては、家賃負担の問題のほか、入居者の孤立を防ぐ「見守り」の仕組みの充実が重要であることを指摘した。


佐藤岩夫氏(東京大社会科学研究所)

 これをうけて私の報告「<危機>の意味づけ:5年間の調査から読み取れること」では、5回の調査の自由回答を分析する報告を行った。5年間の調査では毎年自由回答欄を設けていたが、私自身も、これまでは、主に調査結果の集計・分析を中心にしており、自由回答は正面からは考えてこなかった。しかし、自由回答は、回答した人が伝えたいこと、回答者にとって大事なことが書き込まれているはずである。報告の準備の過程では共起分析なども行ったが、報告では、5年間で延べ2,590人の自由回答を繰り返し読む中で印象に残ったことをいくつか取り上げる方法をとった。報告で主に述べたのは、1)「見通し」のつかないことがもたらす不安の大きさ(逆に言えば、「見通し」をつける工夫の重要性)、2)「時間の長さ」の意味づけ・評価は立場や状況により大きく異なること、3)「希望や明るい見通し」の点では、回答者は、「復興」の大きなかけ声ではなく、住まいや家族、仕事や隣人との交流など、目に見える一人ひとりの生活の改善の積み重ねのなかに希望や明るい見通しのきっかけを見出していることなどである。


パネル・ディスカッション

 私個人の感想ということになるが、今回、自由回答を繰り返し読む中で印象的であったのは、被災地には複数の時間が流れている、別の表現をすれば、人びとの被災経験は複数の時間軸によって構成されているということであった。私たちは日常、あまり意識することなく、「震災から1年」「震災から5年」と表現する。また、法学が専門の私などはとくにそうであるが、「この制度を利用すれば○年で決定しなければならない」「事業期間は○年である」などと無造作に言ってしまう。しかし、その「1年」や「5年」、「○年」の意味づけは、被災者が置かれた立場や状況、年齢などによっても異なる意味づけを与えられ、また、その意味づけの違いが、被災の現場で緊張を生むことにもなる。「時間」というのは数量的な概念としてのみとらえられがちであるが、しかし、かつて社会学者のR・マートンが "socially expected duration"として概念化したように、時間は、制度やその人が置かれた立場・状況によって異なりうる、質的な概念としての特徴を併せ持つものとして考える必要がある2

 被災は地域および住民にとっての〈危機〉であり、そこからの復興・生活再建は危機対応の一局面であろう。この地域の復興、住民の生活再建という〈危機対応〉を考えるに際しては、「時間」の複雑性を織り込むことが重要であること、〈危機対応〉は、複数の時間の流れをどう折り合わせるかという、説明や調整、納得などの複雑な相互作用からなる課題を含むことを明らかにできたことが、危機対応学との関係における本シンポジウムの一つの貢献であった。

 最後になったが、この5年間、私たちの調査にご協力いただいた多くの方々にあらためてお礼を申し上げたい。震災直後の、また、仮設住宅等での不自由な生活の中で回答をお寄せいただいたこと(また、その中の何人かの方には、長時間のインタビュー調査にも応じていただいた)に深く感謝を申し上げるとともに、調査に協力してくださった皆さんが、健康で、穏やかな生活を取り戻していることを願わずにはいられない。さらに、一々お名前をあげることは控えるが、5年間の調査に全面的に協力してくださった釜石市役所の関係者の方々にも重ねて感謝を申し上げたい。

 当面最後となることを予告した第5回の調査では、自由回答欄に「調査はなぜ5年で終わりなのか。復興はまだ終わってない。」というお叱りや期待を少なからずいただいた。このお叱りや期待は重く受けとめており、それに応えられる方法を探りたい。


終了後のアンケート回収

1毎回の調査の詳細は調査HPを参照。各回の報告書も掲載している。http://jww.iss.u-tokyo.ac.jp/survey/fukko-kamaishi/survey_201602.html
2Robert Merton, "Socially Expected Durations: A Case Study of Concept Formation in Sociology,"in W. W. Powell and Richard Robbins, eds., Conflict and Consensus: In Honor of Lewis A. Coser, New York: Free Press, 1984, pp.262-283. Pitirim Sorokin and Robert Merton,"Social Time: A Methodological and Functional Analysis,"American Journal of Sociology, Vol. 42, 1937, pp.615-639もあわせて参照。