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新刊著者訪問 第39回
日本の移民統合 ― 全国調査から見る現況と障壁
編著:永吉希久子
明石書店 2021年6月:2,800円+税
このページでは、社研の研究活動の紹介を目的として、社研所員の最近の著作についてインタビューを行っています。
第39回は、永吉希久子『日本の移民統合 ― 全国調査から見る現況と障壁』(明石書店 2021年6月)をご紹介します。
――まず、本書を書かれた背景を教えてください。
2018年、出入国管理法および難民認定法の改正をめぐり、日本でも移民の受け入れをめぐる議論が高まりました。しかし、国内に暮らす外国籍者は2017年時点ですでに256万人を超え、そのうち36%は永住者や日本人の配偶者等、永住者の配偶者等などの在留資格を持つ、定住性の高い人たちです。つまり、日本はすでに実質的には移民を受け入れてきたといえます。そうした中で、日本で暮らす移民の状況を明らかにするような研究が行われてきました。しかし、その多くは限定的な地域や国籍、在留資格の人達に対する詳細なインタビューにもとづくもので、その重要性は論を俟たないものの、日本全国を対象に俯瞰で見た場合に、移民が日本人と比べて不利な状況にいるのか、国籍や在留資格による差があるのか、何がその差を生んでいるのかというようなことは十分検証できていませんでした。
そこで、私たちの研究チームは、2018年に日本でほとんど初めての試みとして、外国籍者を対象にした無作為抽出による社会調査を実施しました。回収率が高かったとはいえませんが、量的調査を通じて移民の統合の状況を把握するための第一歩になったと思います。本書は、そのデータをもとに、移民の人達の社会経済的・社会的・心理的統合の状況を示すとともに、何が社会統合の障壁となっているのかを検証した結果をまとめたものです。
――「移民」も「社会統合」も日本ではあまり馴染みのない言葉だと思います。 「移民の社会統合」とは具体的に何を指しているのでしょうか。
そうですね。新聞などを見ても、「移民」という語はアメリカやヨーロッパの状況を話すときに用いられることが多く、日本国内のことについては「外国人」、「外国人労働者」、「外国人材」といった言葉が使われてきました。そこには、基本的に「外国」に属している人が、一時的に日本に住んでいるというニュアンスが含まれていたと思います。しかし先ほどお話ししたように、日本にもすでに多くの人が定住して暮らしています。また、諸外国の例を見ても、当初は短期的な出稼ぎのつもりだったものが、滞在が長期化し、定住していくということは珍しくありません。そうした現実の中では、どのような意図をもって移住し、どれだけの期間滞在したかに関わらず、すでにその人が社会の構成員の一員となっているという事実を認識することが必要だと思います。そこで、本書では日本以外の国で生まれ、日本で暮らしている人のことを「移民」と呼んでいます。
また、本書では「移民の社会統合」を「移民が日本社会の主要な制度に参加する過程」と定義し、その具体的な表れとして、教育や雇用、職業、収入の面での日本人と比べた場合の不利の解消(社会経済的統合)、日本人とのつながりの形成や自治会などを通じた社会への参加の機会の獲得(社会的統合)、日本への帰属意識の形成や、精神的に健康な状態にいること(心理的統合)を扱いました。ここで重要なのは、移民の社会統合とは、移民が一方的に日本社会に適合していくプロセスではないということです。たとえば、企業が移民を正規雇用では雇用しないということがあれば、移民の雇用の面での不利は解消されません。日本社会の側の移民に対する行動があり、移民の行動があり、その両方が関わり合う中で起こる、双方向の過程として移民の社会統合をとらえる必要があります。
――全国調査データの分析から見えてきた、日本の移民の方々の社会統合の状況とはどのようなものでしょうか。
本書では2章~8章にかけて、8人の研究者による分析の結果をまとめています。そのすべてをご紹介するのにはとても時間が足りませんので、詳しい結果はぜひ興味をもたれた章だけでもお読みいただければと思います。そのうえで、全体的な統合の状況についてだけご紹介すると、社会経済的統合、社会的統合、心理的統合の多くの面で移民は日本国籍者と比べて悪い条件にいることがわかりました。たとえば、移民は非正規雇用やマニュアル職の割合が高い傾向にありました。また、日本の大学を出た人や、欧米出身者では日本人以上の賃金を得る傾向が見られる一方で、非欧米圏出身の移民の場合は大学を出ても賃金の不利がほとんど解消されないということも示されました。社会的統合については、多くの移民が日本人のサポートネットワークを持つ一方で、自治会・町内会への参加は日本国籍者に比べ限定的なものにとどまっていました。そして、日本国籍者と比べ、メンタルヘルスの状況が悪い人の割合が高く、生活満足度は低い傾向にありました。高い日本語能力は、多くの側面で統合を促進する傾向にありましたが、非正規雇用から正規雇用への移行に対しては必ずしも明確な関連は見られませんでした。また、滞在の長期化も必ずしも統合を促さないことが示されました。
本書の調査に答えてくださった方は、日本に暮らす移民全体の中で、どちらかといえば学歴が高く、高技能職についている層、言いかえれば相対的に統合に有利な層に偏る傾向がありました。それでもなお統合に困難が生じていることは、移民全体で見るとより深刻な状態が生じている可能性があることを示唆しています。そして、こうした統合の障壁として、非正規雇用から正規雇用への移動障壁や不十分な統合のための制度整備、日本社会での差別の存在が示唆されました。
――最後に読者へのメッセージをお願いします。
移民の受け入れについては、様々な意見をお持ちの方がいらっしゃると思いますし、日本がどのような方向に進んでいくのかについては、国民的な議論が必要だと思います。他方で現実として、移民の受け入れはすでに進んでいます。今後に向けた議論をするためにも、まずは日本で暮らす移民の現状を知ることが必要だと思っています。本書がその一つの材料になれば幸いです。
――どうもありがとうございました.
(2022年5月23日掲載)
永吉希久子 (ながよし きくこ)
東京大学 社会科学研究所 准教授
専門分野:比較現代社会、社会意識研究、民族関係研究