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新刊著者訪問 第40回

デジタル化時代の「人間の条件」 ― ディストピアをいかに回避するか?
著/文:加藤 晋・伊藤 亜聖・石田 賢示・飯田 高
筑摩書房 2021年11月:1,600円+税

このページでは、社研の研究活動の紹介を目的として、社研所員の最近の著作についてインタビューを行っています。

第40回は、加藤 晋・伊藤 亜聖・石田 賢示・飯田 高『デジタル化時代の「人間の条件」 ディストピアをいかに回避するか?』(筑摩書房 2021年11月) をご紹介します。

――社研のメンバー4名で共著するというのは珍しいですね。このプロジェクトはどのように始まったのでしょうか?

(加藤)私たちの研究所の内部の共同研究をサポートするための「グループ共同研究」の一環として始まりました。伊藤亜聖さんが中国滞在中にデジタル化の問題を気にするようになり、研究所メンバーに声をかけて複数名が参加して、定期的に研究会をするようになりました。

(伊藤)プロジェクトの名前は「デジタル化の社会科学」でした。デジタル化は社会にとってどのような意味があるのか、デジタル化は社会科学的に意味のある問題なのか、といった問いが主な関心事でした。DX(デジタル・トランスフォーメーション)関連の書籍は、プロジェクトを立ち上げた頃からすでに数多く刊行されていましたので、それらとは違う角度でデジタル化を捉えてみたいと考えました。  最初の頃は、さまざまな新しいデジタル・デバイスやクラウドのためのツールを、研究会中に紹介したりもしていました。この「グループ共同研究」を進めていくうちに、報告した内容を集めて書籍化する方向に徐々に進んでいきました。この途中で、オンライン調査も実施しようという話になり、本書にも反映されています。執筆しはじめてからは、パンデミックのせいで、ほとんどオンラインでのミーティングになってしまいました。

――少し変わったタイトルのようにも思いますが、どのようにお決めになったのですか?

(加藤)もともとは研究会の名前である『デジタル化の社会科学』を仮のタイトルにしていました。ただ、本のタイトルとしては、広い読者層には分かりにくいのかもしれないと感じて、別のタイトルを考えはじめました。
 ある日、宇野重規先生と世間話をしながら、駅に向かう機会がありました。その時に、アレントの思想を生かすという本の構想を伝えたら、別れ際に『デジタル化時代の「人間の条件」』というものを提案してくださいました。その後もメンバーといくつかタイトル案は出しあったのですが、最終的にその時のタイトルを使うことにしました。

――本のなかではデジタル化に関する調査結果も紹介されています。人々の生活はデジタル化でどのように変わったのでしょうか。

(石田)SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)が普及すると「SNS疲れ」、コロナ禍でオンラインでの会議や打ち合わせが普及すると「Zoom(広く使われているオンラインミーティングのプラットフォーム)疲れ」など、デジタルメディアに自分自身の時間が奪われてゆく感覚からくる心理的、身体的疲労がしばしば問題視されます。今回の調査では、物事に集中して打ち込むような時間がデジタル化で失われているのではないかという予想が事前にはあったのですが、実際にはデジタルサービスをよく利用している人のほうが余暇時間が長く、さまざまな余暇活動に取り組んでいることがわかりました。
 確かに日常生活のさまざまな側面がデジタル化されることで、時間の使い方が効率化される分、結果的にやることも増えてしまうという面があるのかもしれません。生活リズムを無視したオンライン上での連絡、コミュニケーションの増加には注意が必要です。一方、デジタルツールによってさまざまなことが効率化できていることや、アナログ時代では敷居が高かった活動(映像、音楽制作や各種社会活動)にも少しは参加しやすくなっていることも、意識にとどめておくべきことかと思います。同時に、二章、三章で議論があるように、便利さと個人情報のあり方が結びついているところがデジタル化社会の重要な論点でもあります。月並みですが、デジタル化のどこか一面だけをみて矮小化しないことが重要なのではないでしょうか。

(飯田)いま石田さんが説明してくださったのは、個人の生活のうち、主としてプライベートな領域にデジタル化がどのような影響を及ぼすのか、というお話でした。私たちの本では、人と人とが関わり合うパブリックな領域でのデジタル化の影響についても論じています。この2つの領域は独立して存在するものではなくて、先ほどの石田さんの説明からも示唆される通り、プライベートな領域の変化がさまざまなパブリックな活動の可能性を左右する、ということがあります。
 現代のパブリックな領域で特に重要なのは「経済」と「政治」ですが、それらがデジタル化によってどういうふうに変わり、そこでの変化が逆にプライベートな領域のあり方をどのように規定していくか。デジタル化が人々の生活に及ぼす影響を考えるには、ミクロレベルとマクロレベルの両方を視野に収める必要があります。今回の本は、そうした試みのひとつとして読むことができるのではないかと思います。

――皆さんのご専門はそれぞれ違っていますが、1冊のまとまった本を書くうえで難しかったこと、楽しかったことなど、何か ご感想がありましたら 教えてください。

(加藤)専門分野を越えて共同作業をすることの大変さはありました。例えば、「所有権」といった大事な概念も分野により、その考え方に少し違いがあったりします。具体的にいうと、政治哲学などでよく言及される「自己所有権」(自分を所有すること)というのは、法的な「所有権」ではなかったりします。経済学の所有権についても、さまざまな考え方がありますが、これらと重なる部分もあればそうでない部分もあります。概念の定義だけでなく、議論の進め方や文体なども分野によって違うので、そうした違いに配慮しながらうまく重なり合う部分を探す苦労はありました。しかし、こうした作業を通じて、自分の考え方を思わぬ方向に広げることができ、大きな喜びを感じることができました。

(石田)概念的なこと、文体については加藤さんがおっしゃる通りで、初稿を読み合わせて初めて相互の認識のずれに気がつくこともあったように記憶しています。加えて、この本では章によって各種データにもとづく図表の使い方や分量も異なっています。たとえばわたくしが主に担当した五章では調査データの分析結果を多く紹介していますが、この手の(?)一般書に関心を持つ方に唐突な感じを与える懸念もありました。スムーズに読める章立てや調査データへの言及の仕方についてメンバーで試行錯誤がありましたし、筑摩書房の石島裕之さんにも助けていただけました。ありがちな分業ではないところが大変でしたが、やりがいや楽しさにもつながっていたように思います。

――最後に読者へのメッセージをお願いします。

(加藤)デジタル化というのは、避けられない潮流だと思います。これはビジネスだけに関係しているものではなく、私たちの人生や未来に関係していることだと思います。ビジネス以外のデジタル化に目を向けるきっかけになればとても嬉しく思います。

(伊藤)本書は一人の研究者ではなく、研究分野の異なる複数の研究者でじっくり議論した成果です。私にとっても、中国・新興国を研究している普段の研究活動では得られない着想が得られました。各章の論点の広がりとともに、個別の議論でとりあげる問題の奥深さや、社会科学的な古典との関係も感じてもらえたら幸いです。

(石田)デジタル化というトピックは、いつの間にか避けていたトピックでした。流行となっている事象や言説とうまく距離を取りつつ議論することに自信がなかったためです。この本で自信がついたとはまったく思っていませんが、社会科学の諸分野の問題意識の地続き上でこの問題を考えるきかっけを得ることができました。その意味で共同研究のプロジェクトに感謝していますし、多くの方に関心を持っていただければ嬉しいです。

(飯田)デジタル化というと、機械的で無機質な世界が広がっていくようなイメージがあるかもしれません。でも実際にはそうではなくて、人間の姿がより生々しく出てくるのがデジタル化の世界です。それを知ることができたのは、私自身にとっては、この共同研究の最大の収穫だったような気がします。まだまだ論じ足りていないことがありますので、これからも研究を進めていきたいと思っています。

――どうもありがとうございました.

(2022年8月25日掲載)

加藤 晋 (CATO Susumu)

東京大学 社会科学研究所 准教授

専門分野:厚生経済学、公共経済学

伊藤 亜聖 (ITO Asei)

東京大学 社会科学研究所 准教授

専門分野:中国経済論

前回インタビュー

石田 賢示 (ISHIDA Kenji)

東京大学 社会科学研究所 准教授

専門分野:社会階層論、経済社会学

飯田 高 (IIDA Takashi)

東京大学 社会科学研究所 教授

専門分野:法社会学、法と経済学

前回インタビュー

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