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新刊著者訪問 第37回

デジタル化する新興国 先進国を超えるか、監視社会の到来か
著者:伊藤 亜聖
中央公論新社, 2020年10月:820円+税

このページでは、社研の研究活動の紹介を目的として、社研所員の最近の著作についてインタビューを行っています。

第37回は、伊藤亜聖『デジタル化する新興国 先進国を超えるか、監視社会の到来か』(中公新書 2020年10月刊行)をご紹介します。

――まず、本の概要を教えていただけますか。

 日本でもモバイル決済をはじめ、生活の様々な場面でデジタルな道具や方法が普及しています。その現象は、実は新興国・発展途上国にも広がっており、むしろ日本よりも急激に社会を変えつつあることを伝えたくて書きました。中国発の巨大IT企業、インドで導入されている電子生体認証、アフリカのベンチャー企業・・・、いま新興国・途上国にもあっと驚くような変化が広がっています。それは新興国の可能性を広げると同時に、脆弱性を深めるかもしれません。



――ご執筆のきっかけとなった具体的なエピソードなどあったのでしょうか?

UBERの画面

三輪バイクが来るところの UBERの画面

 本書の冒頭にも書いたのですが、インドに行ったときに、スマホアプリUBERを立ち上げたんですよ。そうしたら三輪バイクタクシーまで呼べるわけです。中国でもライドシェアは普及しているんですが、呼べるのは四輪車のタクシーです。この体験は衝撃的でした。

 その三輪バイクタクシーを呼んだ道は、舗装もされてなくて、車が通ると茶色い土が舞い上がるようなところです。油の匂いも立ち込めています。土地埃舞う発展途上国の裏道にも、モバイル・インターネット技術を使って、三輪バイクを呼べる。そして決済はそのアプリからできるので、インド・ルピーの現金は必要ない。この一見不釣り合いのような光景は、実は「新興国でもデジタル化が加速的に進んでいる」という、より広い現象を意味しているとの着想を得る体験でした。デジタル経済をフィールドワークしているような感じでしたね。

――ご専門は中国経済でいらっしゃるのですが、今回はなぜ「新興国」がテーマなのでしょうか?

 そうですね、私は中国経済を専門に研究しています。2017年度には中国のイノベーション都市・深圳市に長期滞在して現地調査をしました。まさに中国では、日本ではまだ普及していないデジタル・サービスが広がっており、私も財布は持たずに、スマホだけで出かけるようになりました。こうしたデジタル生活を体験したのと前後して、東南アジアやアフリカ、そしてインドにも行く機会を持ったのです。そこでも程度の差はあったのですが、大きな社会変動を感じました。そこで、中国を含みながらも専門外の地域を含むように議論を広げました。

バイクの車内

UBERで呼んだ三輪バイクの車内
(2019年9月26日、インド・グルガオンにて筆者撮影)

――中国研究者でいらっしゃると同時に、そんなにまで研究範囲を広げられるものなのですか?

 無理ですね(笑)。したがって、本書の議論には限界があります。東南アジア、インド、アフリカにまで足を運びましたが、当然ながら現地を長く深く研究している専門家には遠く及びません。中国研究者ですから。ただ、中国のなかから、新興国・途上国的な属性というか、特徴というか、論点を抽出して、一般化してみた、という次第です。無論、一般化には無理が生じるので、ここはあくまでも仮説ですね。本書の刊行をきっかけとして、各地域・国の専門家と一緒に、新興国のデジタル化を考える機会になったらうれしいです。


――ところで今回、新書という形態で書かれたのは、なにか理由がおありだったのでしょうか?

 新書はコンパクトな入門書、という位置づけだと思います。まさにスマホサイズ。でも、もはや新書を読む人も減っているように思います。スマホで漫画も新聞を読み、メッセージもやりとりしますからね。ではなぜ書いたかというと、自分が研究者を目指すときに、なんとなく影響を受けた本が、新書で何冊かあったからですね。これが研究者を目指したきっかけだ、とまではっきりは覚えていないのですが、なんだかずっと頭の中にその本の取り組んだ問題、書き方、イメージと結論が残っているんです。こういった印象を与えてくれる本は多くはないと思うのですが、そのうちの何冊かが新書なんです。本書がそこまでのものになっているか、自信はないのです。ただ願わくは、高校生や大学生に読んでもらえたら一番うれしいです。

――最後にひとことメッセージをお願いします。

 本書の結論部に書いたのですが、日本は工業先進国であったと思うのです。しかしデジタル先進国かと聞かれたら、そうではない、と答えざるを得ないと思います。デジタル化の時代に新興国・途上国とどのような関係を築くべきか、どのようなアプローチが考えられるか。新興国からも学ぶことは必要になってくるのではないか。本書がこういった問題設定のたたき台になれば幸いです。

――どうもありがとうございました。

(2020年11月17日掲載)

伊藤亜聖先生

伊藤 亜聖 (いとう あせい)

東京大学 社会科学研究所 准教授

専門分野:中国経済論

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