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新刊著者訪問 第33回

『「同一労働同一賃金」のすべて』
著者:水町勇一郎
有斐閣 2018年2月:2,052円(本体 1,900円)

このページでは、社研の研究活動の紹介を目的として、社研所員の最近の著作についてインタビューを行っています。

第33回は、水町勇一郎『「同一労働同一賃金」のすべて』(有斐閣 2018年2月)をご紹介します。

主要業績
『労働法〔第7版〕』(2018年、有斐閣)

労働法〔第7版〕
『集団の再生―アメリカ労働法制の歴史と理論』(2005年、有斐閣)

集団の再生
『労働社会の変容と再生-フランス労働法制の歴史と理論』(2001年、有斐閣)

労働社会の変容と再生

--そもそもの話ですが、先生は大学入学当初は理科系だったと伺いました。それがどういうきっかけで法律を、更には労働法をご専門とするようになられたのですか?

 高校のときに世間で脚光を浴びていた「バイオテクノロジー」の研究をしたいと思って理科Ⅱ類に入学したんですが、生物実験で顕微鏡をのぞいたり、カエルの解剖をしたりするなかで、なんか理系の世界は肌に合わないなあと思うようになりました。そこで、佐賀出身の田舎者の私は、何か世の中の役に立つ仕事がしたい、世の中の役に立つ仕事といえば公務員、公務員になるには法学部が一番近道、って単純に思って、大学2年の進学振分けのときに「法学部」に進学しました。
 法学部では、右も左もわからず、最初は「憲法」、次は「民法」のゼミに入り、その次の4年生前期に入ったのが、菅野和夫先生(現東京大学名誉教授)の「労働法」ゼミでした。そこで感じたのが、「労働法」って世の中に密接にかかわっているのに、教科書に書いてあることと世間の実態が大きくかい離してるんじゃないかということでした。そこで殊勝にも、「労働法」の研究をすれば、少しは世の中を変えることができるかもしれない、世の中の役に立つ仕事ができるかもしれないと思ってしまったんです、単純に。後になってみて、世の中はそんなに簡単には変わるものじゃないって痛感することになるんですが。
 ちょうど4年生の前期は公務員試験を受ける時期だったんですが、菅野先生と相談して、公務員試験を受けるのはやめて、労働法の助手に採用してもらうことになりました。それからかれこれもう30年近くが経とうとしてます。

--そうだったんですか。世の中はそんなに簡単には変わるものじゃない・・・・・かもしれないですが、いよいよ変わる時が近いのでは?と本書を読んで思いました。本書はタイトル通り「同一労働同一賃金」のすべてがぎゅっと詰まっており、実務者や専門家にとってこれ以上の本はないという1冊になっています。先生は安倍政権の「働き方改革実現会議」のメンバーとして、この改革の実現に向けて取り組んでこられたわけですが、実際のところ、この本を刊行するまでというのはどんなものでしたか?

 2016年1月の通常国会の冒頭で、突然、「同一労働同一賃金の実現に踏み込む考えであります。」との総理発言があり、この動きが世に出たんですが、その約1年前からいろんな方々とのやりとりがありました。政府だけではなく、野党の方々とも。そのなかで、「同一労働同一賃金」という看板が政治的に動き出し、世の中が変わるきっかけとなるかもしれないと思い始めました。その際の自分のスタンスは、研究者としてのこれまでの研究成果を、右左や東西を問わず、求められたら出向いてわかりやすく説明するということでした。そこで特に注意したのは、どこに行っても研究者としてのスタンスを変えない、どの人に対しても基本的には同じことを言うということです。血と肉からできている人間としては、誰に対しても研究者のお面をかぶって同じことを話すということは、正直なかなか大変なことではありました。
 それからこの本を出したのが2018年2月で、この政策の動きはまだ同時並行で進んでいます。2016年1月の総理発言以降は、一億総活躍国民会議、同一労働同一賃金実現検討会、働き方改革実現会議など、動きが表面に出てきて、マスコミへの対応や各方面への説明などに追われる日々となりました。でもそういうなかでも、最後は研究者として自分の研究成果や信念を発信するというスタンスをとり、多くの方々からはそれを理解していただいたので、あっという間に過ぎた2年、3年でしたが、そのなかでそんなに辛いと思うことはなく、むしろいい経験をさせていただいたと思っています。
 今回の「同一労働同一賃金」改革について、いろいろなところで説明を尽くしてきたつもりではいるんですが、やはり世の中には誤解や曲解も少なからずありますので、それらが広がってしまう前に、今回の改革の背景や内容をなるべく正確に多くの皆さんにお伝えしようと思って、この本を出版しました。

労働法7版

--2018年は本書の他に先生の定番の教科書『労働法』第7版も刊行されました。初版が2007年、[第2版]が2008年、その後2年おきに改訂され、ついに[第7版]ですね。  2010年の[第3版]刊行時にこの「新刊著者訪問」第2回のゲストとしてお話を伺いました。その時に「格差問題」の解決策としての「同一労働同一賃金」について、実現は難しいとお話されています。当時と今と状況は変わりましたか?



労働法初版 労働法2版 労働法3版 労働法4版 労働法5版 労働法6版

『労働法』初版、第2版、第3版、第4版、第5版、第6版

 日本では「同一労働同一賃金」というと、同じ労働に同じ賃金を払う「職務給」にすることを法律で強制することだと考えられることが多くて、そういう意味での「同一労働同一賃金」の実現は難しいと前から言ってきました。この点は今回の改革でも同じで、働き方改革関連法も「職務給」の導入を法律で義務づけるものではありません。
 実は、「同一労働同一賃金」の母国であるヨーロッパ諸国でも、このことは基本的には同じです。同じ仕事をしていても、仕事の成果が違うとか、勤続年数が違うとか、キャリアの幅が違うといった理由があれば、同じ賃金じゃなくてもいい。そういう意味で、「同一労働同一賃金」は原則であって、例外としていろいろな理由が認められている。ヨーロッパでも、「同一労働同一賃金」と言われるときには、同じ労働で同じ賃金ではないときに、賃金が違う理由として合理的な理由があるかが問われるという構造になっています。
 日本でもこのことをきちんと理解して、職務給を法的に強制するのではなくて、同じ労働なのに同じ賃金ではない場合に、その理由を問うというルールであれば、これを日本に導入することは可能ではないか。さらに、基本給だけではなく、賞与、諸手当、福利厚生などすべての待遇に射程を広げる形で、導入すべきではないか。そういう意味で、法律上は「不合理な待遇の相違の禁止」というルールが採用されています。改革としては「同一労働同一賃金」という看板が使われていますが、実際にはそれより広い射程をもつ法的ルールとなっています。
 かつての誤解が少しずつ解けてきて、本来進むべき方向に進むことができるようになったというのが、ここ10年の流れといえるかもしれません。

--「『非正規』という言葉を、この国から一掃してまいります。」(2018年7月20日安倍内閣総理大臣記者会見)という安倍総理の発言ですが、いよいよ2020年から法が施行されるのですね。実現に向けて1番大きな課題は何だとお考えですか?

 まだまだ残っている誤解を解いていきながら、大企業では2020年4月、中小企業では2021年4月の法施行に向けて、各企業の人事制度を具体的に変えていくことです。足元の東大でも、短時間や有期雇用の方々の待遇を大きく変えていくことが必要になりますし、そのための財源をどのように工面するかが当面の課題となるでしょう。今回の改革では、一般的な方法としては、生産性の向上、内部留保の還元、適正な価格転嫁などを行って賃金原資を増やしていくことが想定されていますが、東大もどうやって賃金原資を増やすかを真剣に考えなければいけないときにきています。

--他人事ではないですね。最後に読者へのメッセージを一言お願いします。

 日本を「家族みんなが夜ごはんを一緒に食べられる普通の社会」にするというイメージをもって「働き方改革」に取り組んでいただけるとうれしいです。

(2018年11月1日掲載)

水町先生

水町勇一郎(みずまち ゆういちろう)

東京大学社会科学研究所 教授

専門分野:労働法