家族の危機と危機への対応:家族研究の視点から

2017年4月11日

苫米地なつ帆

 「家族の危機」という言葉から、どうようなことがイメージされ、危機として想起されるだろうか。

 私が学生の頃に購入し、今でもよく読んでいる家族社会学のテキスト(森岡・望月[1983]2009)では、「家族の危機」には2つの意味があるとされる。まず、「家族」という制度それ自体が危機的な状況にあるという意味だ。近年、これまで「家族」として想定されてきたような集団の状態とは必ずしも一致しない状態の家族が多くみられるようになっている。ひとり親の家族や同性愛カップルによって形成される家族などがそれにあたる。「家族とは何か?」を問い続けてきた家族研究者にとっては、「我々が家族と認識しているもの(≒近代家族)は存続するのか?それとも新しいものに変わるのか?」という意味で、従来の家族が危機的状況にあるとみなされるのである。

 確かに、これまで家族とみなされてきた集団だけでなく、さまざまな集団が家族として存在しうるということは、家族を研究する人々からすれば厄介な出来事かもしれない。なぜならば従来の分析視角だけでは、現代に実際に存在している家族という集団をとらえきることが難しくなるからである。

 しかしながら、上記の議論では「家族=我々が家族と認識しているもの(≒近代家族)」という凝り固まった見方が根底にあるようにも思える1。そもそも、近代家族が形成される前にも家族(あるいはそれにかなり近い集団)は存在していたのであるから、家族の形態が変化するのは少しもおかしなことではない。近代家族それ自体も、前近代的家族から変化したものなのだ。そういう意味では、今まさに起こっている従来の家族とは異なる新しい家族の形態の増加や、それにともなう人々の意識の変化をどのように整理するかという問題を、「家族の危機」と称しているととらえることができよう。

 もうひとつの「家族の危機」は、それぞれの家族が個別具体的に問題状況に直面していることを指す。すなわち、それまで営んできた家族生活では対応することができないような、何らかの危機的な状況に家族が陥っている状態である。そのような状況の発生メカニズムについては、Hillの提唱したABCXモデルという説明枠組みが存在する。(Hill 1958,図1)。


図1 ABCXモデル

 ABCXモデルでは、危機につながるストレッサー(A: stressor)とそれに対応するために用いることができる家族の資源(B: existing resources)、そして危機につながるストレッサーに対する家族成員の認識(C: perception of "A")の相互作用の結果として危機(X: crisis)が生じると考える。ここで重要なのは、ストレッサーに上手く対処できるかどうかが、家族ごとに異なりうるという点だ。対処のために投じることのできる資源(たとえば道具、金銭、人脈など)の量、ストレッサーについて家族成員がどのように感じるかは、家族によって違う。ゆえにまったく同じストレッサーが存在したとしても、それがどの程度の危機になるかは一様には決まらない。

 このABCXモデルはその後McCubbinらによって、図2に示すようなdouble ABCXモデルに拡張された(McCubbin and Patterson 1983)。拡張されたことによる大きな違いは、「時間」と「累積」の概念が導入されたことである。ひとつの危機が発生して終わり、ということではなく、危機の経験後は必ず新たな状態へと遷移する。そして、"危機が起こった"という事実が必ず残る。これらをモデルに組み込むことで、家族がどのように危機に直面し、それをどのように乗り越えていくのかというところまでが表現されているといえる。


図2  double ABCXモデル

 それまでの家族生活では対応できないような状況を危機ととらえるならば、少し考えてみただけでも多くの出来事が思い浮かぶだろう。たとえば結婚や子どもの誕生による家族成員の増加、家族成員の転職や退職、子どもの離家、親の介護が必要になること、離別や死別などは、いずれも生活の状況を大きく変化させうるし、それによって従来の生活や対応がベストではなくなってしまうことも、大いにありうる。

 筆者は先に挙げた出来事のうち、子どもの誕生前後で夫婦のさまざまな満足度がどのように変化するかについて共同研究を進めているところである。具体的には、子どもが生まれる前と子どもが生まれた後の満足度の情報が得られるパネルデータ2を用いて、妻・夫それぞれの満足度がどのように変化するのかを明らかにすることを目的としている。現時点で得られている分析結果からは、第1子の出生後、日常生活に対する総合的な満足度や婚姻関係に対する満足度が妻・夫ともに低下すること、性生活に対する夫の満足度が低下すること、そしてこれらの満足度の低下は、夫により顕著にみとめられることが確認されている(三輪・苫米地2016)。少なくとも統計的には、子どもが生まれることでそれまでの夫婦2人の生活には確実に大きな変化がもたらされ、それが満足度の変化(しかもあまり好ましくない変化)に結びついているといえる。新しく発生する家事や育児に対応するなかでの満足度の低下は、まさに家族に危機的状況がもたらされていることを示している。

 子どもの誕生も含め、発生した出来事が危機的状況を招いたとき、家族はその危機に対応し、危機を経験した家族に変化する。そしてその経験は、後の家族の危機への対応に活用される。第1子の誕生時に危機的状況が発生してそれを乗り越えた家族は、第2子の誕生時に同じような状況になったとき、以前の経験を参照することができる、というイメージだ3。このように、double ABCXモデルに示されるようなプロセスが何度も何度も起こりながら、家族という集団が存続していくのである4

 ここまで「家族の危機」について2つの視点からまとめてきたが、家族という集団そのものの危機という視点においても、個々の家族内で起きる危機という視点においても、家族は変化するものであるという点が共通している。めまぐるしい社会の変化にともなって、これから家族はどう変わっていくのだろうか。また、そのような変化のなかにあって、それぞれの家族はどのような危機にどのように直面し、そしてどうやってそれを乗りこえてゆくのだろうか。

 また、危機への対応という点については、その家族がどの程度危機に対応できるパワーを持っているかが重要なポイントであろう。人は誰しも、自らが生まれる家族を選択できない。したがって特に子ども期においては、本人の意思や行動とは関係なく家族の危機に直面しやすいのではないだろうか。そしてこのことは、子どもの貧困問題や教育格差の問題とも深く関連しているのではないだろうか。

 多くの人にとって身近な「家族」という対象に危機対応学がいかにせまれるのか、今後も考えていきたい。

1このことはすでに落合([1994]2007)も指摘するところである。
2日本家族社会学会全国家族調査委員会による『NFRJ-08Panel』データを、日本家族社会学会全国家族調査委員会の許可を得て用いている。
3第1子の誕生前後の満足度の変化だけでなく、第2子や第3子の誕生前後の変化についても分析をしているが、第2子や第3子の誕生による満足度の低下はほとんど確認されていない。この点についてはまだ詳細な検討ができていないが、第1子誕生時の経験が反映されている可能性は十分にあると考えられる。
4もちろん家族が存続するばかりではなく、解体するということもある。特に危機への対応が不十分な場合には家族不適応の状態になるわけであり、結果として家族が解体しやすくなる。また、危機に十分に対応するために家族を意図的に解体するということもあるだろう。いずれにしても、新しい家族への遷移であるという点は共通である。

参考文献

Hill, R., 1958, "Generic features of families under stress," Social Casework, 39:139-150.
McCubbin, H. I. and Patterson, J. M., 1983, "The family stress process: the Double ABCX model of adjustment and adaptation," H. I. McCubbin, M. B. Sussman and J.M. Patterson (Eds.), Social Stress and the Family: Advances and Developments in Family Stress Theory and Research. New York: The Haworth Press.
三輪哲・苫米地なつ帆,2016,「子どもが誕生すると夫婦はどう変わるのか」『第6回家族社会学パネル研究会』報告資料.
森岡清美・望月嵩,[1983]2009,『新しい家族社会学 四訂版』培風館.
落合恵美子,[1994]2007,『21世紀家族へ――家族の戦後体制の見かた・超えかた 第3版』有斐閣.