2010年のレアアース危機
危機の発端
2010年9月7日、尖閣諸島沖で操業していた中国の漁船に対して日本の海上保安庁の巡視船が退去するように要求したところ、漁船が巡視船に体当たりする事件が起きた。海上保安庁は漁船の船長を公務執行妨害の疑いで逮捕し、検察に引き渡した。検察は被疑者を起訴する方針を固め、9月19日に2度目の勾留延長を行ったが、これに対して中国政府は反発を強め、中国の温家宝首相は記者に対して「船長を即時・無条件で釈放すべきだ。そうしなければ中国はさらなる措置をとる」と声を荒げた。
その数日後の9月24日、日本の新聞各紙やテレビは中国政府の通告によって日本に対するレアアースの輸出が停止されたと報じた。中国が日本に圧力をかける手段としてレアアースを使ってくることについて「さもありなん」と思った人は少なくなかっただろう。中国はそのしばらく前からレアアース輸出に対する制限を強め、2010年には年間の輸出枠を前年に比べて4割も削減する方針を打ち出していた。一方、日本の政府や財界は、レアアースは日本が強い競争力を持つハイブリッド自動車や液晶パネルの製造に不可欠な材料だとの認識を強めていたので、こうした中国の制限強化の動きに反対し、2010年夏に訪中した岡田克也外相と米倉弘昌日本経団連会長が中国首脳に対してレアアースに対する輸出制限を緩和するよう要請していた。中国が輸出制限を強化した表向きの理由は資源の枯渇や環境破壊を防止することであったが、真の狙いは電気自動車などレアアースを使用する産業における競争を自国に有利に展開することにあった。日本もその狙いに気づいていたから、環境破壊の防止にともに取り組もうと提案するのではなく、単に輸出制限の撤廃を要求した。このような事態の推移からみて、中国がもし日本の一番痛いところを突こうと考えたらまずレアアースを狙ってくることは予想できた。
ただ、外交上の紛争を理由に輸出を止めることは世界貿易機関(WTO)の取り決めに違反するだけでなく、歴史的にみても、きわめて危険な綱渡りだと言わなければならない。レアアース輸出停止について最初に報じたニューヨーク・タイムズ(2010年9月22日付)が指摘したように、1941年の日米開戦もアメリカが日本に対する石油輸出禁止措置を行ったことが直接のきっかけだったとされる。もっとも、2010年のレアアース危機における不幸中の幸いは、中国政府が輸出停止を命じたとは認めなかったことだ。従って、仮に本当に輸出停止の指令があったとしてもそれは嫌がらせのレベルにとどまり、公然たる貿易戦争の始まりを告げるものではなかった。
本当に輸出停止はあったのか?
レアアース輸出停止に関する当時の報道をみると、NHKは「船長の釈放を求めるため日本に圧力をかけているという見方が出ています」(9月24日付)とし、産経新聞は「日本への露骨な報復措置となりそうだ」(9月24日付)と、いずれも伝聞の形式をとりながらも、輸出停止の狙いは報復や圧力だと解釈を示していた。一方、『日本経済新聞』や『読売新聞』は、中国政府が停止を命じたことはないと否定したことや経済産業省が輸入商社に対する調査を開始したことを伝えており、より慎重に報じている。果たして本当に輸出停止はあったのか、またその狙いが報復・圧力だという解釈は正しかったのだろうか。
当時のレアアース貿易をデータによって検証してみよう。図1に示したように、2010年9月には中国側の通関統計でみると、レアアース(金属および酸化物などの化合物の合計)の日本向け輸出が2203トンあったのが10月には180トンに激減している。日本側の通関統計によって、中国からのレアアース輸入をみると9月には2246トンだったのが10月には1278トンに急落している。図1では2009年と2011年の日本の月別輸入量も示しているが、春節休みで例年落ち込む2月とは異なり、10月に落ちることは他の年にはない。また、2010年10月5日に経済産業省が日本の企業に対してレアアース輸入の状況について調査した結果を発表したが、それによればレアアース輸入について具体的回答があった31社のすべてが中国からの輸出に支障が出ていると回答した(『鉄鋼新聞』2010年10月6日)。以上から、2010年9月下旬から10月初め頃にレアアースの日本向け輸出の停止ないし停滞が本当にあったことは間違いない。
輸出停止は報復だったのか?
では中国によるレアアース輸出の制限ないし停止は中国漁船の船長を起訴する動きに対する報復・圧力という解釈は正しいだろうか。図1をみると、この解釈ではいささか説明しづらい事実があることに気づく。それは中国からのレアアース輸入の減少が2010年10月だけでなく、翌11月にも続いていることだ。船長は結局9月末には釈放されて帰国している。9月下旬の禁輸の影響が10月に現れることはありうるとしても11月まで影響が及ぶとは考えにくい。
この点について、2010年10月21日付の『朝日新聞』は、レアアースの輸出手続きが9月下旬の船長勾留の際に一旦停止され、釈放後に再開されたものの、10月に入って中国のレアアース供給会社が日本企業との契約を相次いで破棄してきたと伝えている。その理由については、中国の税関での荷物検査が長時間に及ぶので、それを嫌った輸出業者が他国向け輸出に振り替えたからだという。また、日本の商社が他国経由で日本に輸出することを提案したところ、中国の輸出業者が、発覚するのが怖いといって断ったという。この報道が正しいとすると、船長が釈放された後も、中国はレアアース輸出の制限を続けており、それもどうやら日本向け輸出を特に制限していたらしい。さまざまな状況証拠から推察すると、どうも中国は漁船衝突事件とは関係なく、もともと日本に対するレアアース輸出を制限するつもりだったのではないかと思われる。
中国政府は2010年にはレアアースの輸出枠を前年比4割減の3万トンとすることを決めていた。ところが8月末までのレアアースの輸出実績は中国の通関統計によれば2万8492トンで、このペースで行けば9月末までに3万トンを超えてしまうのは確実だった。なかでも中国のレアアース輸出の約半分を吸い込む日本は過剰輸出をもたらす張本人とみなされていた。漁船衝突事件の以前から、大量のレアアースを輸入しているのに中国に輸出制限を撤廃せよと圧力をかける日本に対して、中国で強い反発が起きていた。漁船衝突事件が起きた同じ9月7日、つまり事件のことはまだ知らずに書かれた『人民網日本語版』では「(日本は)中国からレアアースを安く購入してため込み、戦略的備蓄としている。日本が海底に貯蔵するレアアースは、少なく見積もっても今後20年分はある」とし、中国がレアアースを安値で売って将来資源が枯渇したとき、「中国は現在よりも数百倍高い値段で海外からレアアースを輸入しなくてはならなくなる」と書いている。
実際のところ、日本政府はレアメタルの国家備蓄は行っているが、レアアースの備蓄は検討されたことはあるものの実施されてはいない。またレアメタル備蓄の規模は60日分にすぎず、レアアースを海底に20年分貯蔵しているという話は荒唐無稽と言わざるをえない。ところが、この「海底に20年分貯蔵」説は、中国では様々な新聞やメディアに登場し、レアアース研究で著名な学者までが唱えていて、すっかり定説になってしまっているのである。また、将来数百倍の値段で輸入しなければならなくなる、という説もレアアースが決して希少資源ではなく、それどころか現在見つかっている資源量だけで優に800年分以上もあることを考えれば、まずありえないことである。だが、これまた頻繁に中国のメディアで繰り返されている。
ともあれ、これらの説を信じた人が、日本はもう十分にレアアースを貯めこんでいるのだから、ここらで日本向け輸出は止めてもいいだろう、と考えてもおかしくない。輸出停止が船長の勾留への報復として始まったという解釈とは必ずしも矛盾しないが、船長が釈放されても輸出制限がなお2カ月も続いたのは、おそらく「2010年の日本向け輸出はもう限度なので、これ以上の輸出をしないように」といったような指示がどこかから出ていたのではないだろうか。
「危機」のその後
2010年12月に入ると日本の新聞各紙は中国からのレアアース輸入が正常な状態に戻ったことを報じた。実際、図に示したように12月には輸入量が急回復している。結局、2010年を通してみれば日本の中国からのレアアース輸入は前年より5割近く増えた(表1)。
中国が日本へのレアアース輸出が多すぎると考えていたのだとしたら、12月になって方針を変更したのはなぜなのだろうか。それは市場の圧力の結果だと考えられる。中国は2010年には世界のレアアース生産の97%を占めるまでになっていたが、ほぼ世界唯一のレアアース供給国である中国が輸出制限を強化したことによって2010年後半にかけてレアアース価格が急騰した。日本への輸入平均単価でみると、1月には1kgあたり911円だったのが、9月には2964円、11月には3728円にまで上昇した。
価格がこれほど上昇すると、中国では輸出するインセンティブが高まり、制限をかいくぐってでも輸出しようとする者が出始める。すなわち、レアアースを他の物と偽って輸出するのである。輸出先国では特に偽る必要もないのでレアアースとして通関する。そうした「半密輸出」が2010年にかなり盛んになったことは、表1で中国から世界へのレアアース輸出と、同年に世界各国が中国から輸入したレアアースの量を比べてみることでわかる。海上輸送の日数もあるから輸出と輸入が一致する必然性は必ずしもないが、それにしても2010年は中国の港を出たレアアースは4万トン弱なのに、輸入国の港に陸揚げされた中国産レアアースは5万9000トン以上で、どこかで2万トンのレアアースが増えている。
日本と中国の間でも、2010年10月以降、そうしたことが起き始めたことが図1から読み取れる。正規の輸出という蛇口を硬く締めたら、そのせいでかえって半密輸出という漏水が激しくなった。すると、輸出制限を守っている企業から、違法な業者ばかりが得をしていると不満が高まり、結局輸出制限自体を緩めざるを得なくなった。
翌2011年も輸出制限を維持しようとする政府とそれを出し抜こうとする企業のせめぎあいが続いた。この年も輸出枠は3万トンと決められたが、実際に輸出企業が取得した輸出ライセンスの総量は1万8600トンにとどまり(『経済参考報』2012年8月9日)、ライセンスを取得しても使わない企業も出てきた。一方、同年の「半密輸出」は正規の輸出を上回り、2万トン以上に及んだことが表1から読み取れる。
中国が輸出制限を継続したことで2011年にはレアアースの価格がいっそう高騰し、日本の中国からの輸入平均単価は2011年10月のピーク時には1kg22027円にまで跳ね上がっている。価格高騰はレアアース需要国の側ではレアアースの使用量を減らす技術開発を促し、それまで中国産レアアースが安いために操業を停止していた各国のレアアース鉱山の再開をも促した。そのため、日本のレアアース輸入は2009年には85%が中国からだったが、2015年には中国からの輸入比率が53%にまで下落している。つまり、中国が輸出の蛇口を締めたことによって、漏水が激しくなったばかりでなく、よそでの井戸掘りまで盛んになったのである。加えて2014年8月にはWTOのパネルで中国のレアアース輸出制限と輸出税がWTO協定に違反するという判断が下り、中国はこれらを撤廃せざるを得なくなった。レアアースの価格は2012年以降どんどん下落し、2015年にはほぼ2009年並みの水準となっている。レアアースの供給不安は今ではほぼ解消したと言っていいだろう。
危機対応の評価
中国が、その動機はいかであれ、外交上の紛争が持ち上がった時にその報復ととられかねない輸出停止を行ったことは、日本側の対応によっては報復合戦につながりかねず、きわめて危険な措置であったと言わざるを得ない。日中関係はその後2012年の尖閣諸島国有化によってさらに大きく動揺したが、レアアースの問題はその時は特段浮上することなく、今日ではほぼ忘れられている。2010年のレアアース危機が結局一過性のものに終わったのは、その時の日本政府および日本のメディアの反応が慎重、あるいは鈍かったことがかえって幸いした。
つまり、輸出停止が明らかになった時、経済産業省はこれが報復だとの解釈に飛びつかず、まずは企業への調査を始めた。調査が終わる前に船長が釈放されたため、報復だとの解釈で次の行動をとる意味がなくなった。もし日本政府が報復だと解釈して直ちに反応していたら、事態は報復合戦のほうにエスカレートしていただろう。日本のマスコミも報復だとの解釈一辺倒ではなく、事態を慎重に見極めようとした新聞も少なくなかった。国際間では誤解が誤解を呼んで大きな紛争につながることが少なくない。少なくとも2010年の日本はそうした轍を踏まずにすんだことを記憶しておきたい。