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社研卒業生の現在(いま)

上村泰裕さん

現在、 名古屋大学大学院環境学研究科でご活躍の上村泰裕さんに、社研在籍当時や最近のご様子についてお話を伺いました。

上村泰裕さん

2015年7月 第12回東アジア社会政策会議(シンガポール国立大学)

プロフィール

上村 泰裕(かみむら やすひろ)

名古屋大学大学院環境学研究科(准教授)
専門分野:福祉社会学、比較社会学、アジアの社会政策

社研在職期間:2001年4月~2004年3月

助手

 社研の助手として過ごした2001年からの3年間は、現在に至る私の仕事の土台になっていると感じます。研究テーマについても、研究者のネットワークの点でも、社研時代に得たきっかけがその後の展開につながりました。

 末廣昭先生(現学習院大学)は私を研究者として拾ってくれた恩人です。社研の助手に採用され、末廣先生と小森田秋夫先生(現神奈川大学)の「自由化・経済危機・社会再構築の国際比較」プロジェクト(2000年度~2006年度 社研全所的プロジェクト『失われた10年?90年代日本を捉えなおす』の1プロジェクト)の事務局を務めたことで私の視野は飛躍的に広がりました。たしかシンガポール国立大学での講演だったと思うのですが、末廣先生は、タイ企業に関する自前のデータベースの分析に基づいて、グローバルスタンダードに従う企業よりも同族企業のほうがパフォーマンスがよいという話をされました。当時流行のクローニー資本主義批判に対する有力な反論になっているので、ジャパニーズイングリッシュで講演しても聴衆が聞き耳を立てる感じでした。地道なデータ分析を壮大な空中戦と結びつけるところに社会科学の醍醐味があるのだと知りました。

失われた10年?

 プロジェクトの成果として『東アジアの福祉システム構築』(社研リサーチシリーズNo.10、2003年)をまとめましたが、編集作業を頑張ったごほうびとして、末廣・上村編ではなく上村・末廣編として下さったのも嬉しい思い出です。末廣研究室で焼酎を御馳走になりながら、今後のプロジェクトの進め方について何でも意見を言ってみて、と言われたこともあります。お酒を飲むと饒舌になる私の習性をふまえてのことだったと思います。2016年の末廣先生の社研最終報告ではこれまでの研究歴について話されましたが、「上村君と金成垣さん(現明治学院大学)という社会学出身の助手が入ってきて東アジア福祉論を盛り上げてくれた」との御紹介がありました。先生の研究の中心は企業論だと思っていたので、福祉論の扱いが予想外に大きくて光栄に感じました。

 社研では、末廣・小森田プロジェクトだけでなく、できる限り多くのセミナーに出席して耳学問を楽しみました。その際、どんな分野の話を聴いても真っ先に質問する練習をしました。報告の急所を捉えて、いちばん面白い質問を考えるゲームです。剣道の試合で一本取る感じでしょうか。怖いもの知らずで、ロナルド・ドーア先生、アンドルー・ゴードン先生、スヴェン・スタインモ先生、ロベール・ボワイエ先生にも質問しました。当時、本郷キャンパスを歩いていたら、来学中の韓国の先生から別の先生に「難しい質問でnotoriousな上村さん」と紹介されてしまったほどです。2012年秋から1年間滞在したハーバード大学でも毎日のようにセミナーを聴きましたが、そこでも質問術が大いに役立ちました。

ハーバード・イェンチン研究所ワークショップ

2013年5月、ハーバード・イェンチン研究所ワークショップ
(左・崔榮駿さん〔韓国〕、右・呂建德さん〔台湾〕、後方・末廣昭先生と永瀬伸子先生)

 社研の先生方はどなたも個性豊かで印象に残っています。とある所内委員会に出ていたら、隣席の玄田有史先生がハイエク全集を読み耽っていました。議事と無関係でもハイエク全集なら黙認されるようです。突然大きな声で、「上村さん、ハイエクってユダヤ人じゃなかったんですね!」と言われてびっくり。全然ついていけないので社研図書室で『ハイエク、ハイエクを語る』を借り出して読み、確かにその通りであることを確認して玄田先生に報告したのを覚えています。『若者と仕事』を執筆中だったはずの本田由紀先生(現教育学部)が中村圭介先生(現法政大学)に、「本を書かないとホンカク的な学者とは言えないんですよね」と立ち話をしているところに遭遇したこともあります。そういうものなのか、と妙に納得しました。

福祉のアジア――国際比較から政策構想へ

 社研時代の自分の研究課題を読み返すと、①福祉国家の形成と変容をとらえるための理論構築を試みる、②アジア諸国の福祉国家形成に関する比較史的研究を進める、③台湾の社会保障の発展に関する政治社会学的研究を進める、④自由化・危機と社会政策の相互作用に関する研究を進める、などと書いてあります。このくらいのことは助手の任期中に仕上げるつもりだったのですが、初の単著『福祉のアジア――国際比較から政策構想へ』(名古屋大学出版会、2015年)をまとめるのに15年もかかってしまいました。怠惰と非才を恥じるばかりですが、社研時代がなかったらこの程度の達成も覚束なかったでしょう。かつて社研の助手に採用された幸運に報いるべく、いっそう集中して研究に取り組みたいと思っているところです。

 初の単著の刊行おめでとうございます。いよいよ「ホンカク的な学者」ですね。これからもますますのご活躍をお祈りしています。

(2016年09月20日掲載)


追記:
『福祉のアジア――国際比較から政策構想へ』 第28回 (2016年度) 「アジア・太平洋賞特別賞」受賞おめでとうございます。

(2016年10月5日)

最近、嬉しかったことは何ですか?

 今年は、私が尊敬する作曲家・柴田南雄(1916~1996)の生誕百年のメモリアルイヤーです。おかげで、合唱曲《人間と死》や交響曲《ゆく河の流れは絶えずして》など、日ごろ演奏されることのない大作が実演で聴けるので嬉しがっています。柴田南雄先生のお宅には学生時代に何度も押しかけてお話を伺いました。「まず何よりも、今という時点において、いかなる理由で、何のためにこの曲を創造せねばならないのか、そのコンセプトが明確でなければならない」という教えは、社会科学の研究にも通じるものがあります。いつか柴田南雄の評伝を書きたいものだと思っています。

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