第4章 飯田高「制度によるブリコラージュ ―規範と組織の再創造に向けて」
(書評:見平典)
京都大学大学院人間・環境学研究科
見平 典
飯田高教授の論考(以下、本論文)は、制度による危機対応の過程を明らかにすることを通して、制度が危機に有効に対応しうるための条件を析出しようとするものである。その際、本論文が依拠するのが、「ブリコラージュ」の概念である。それによると、ブリコラージュとは、「ありあわせのものを再構成することによって新しいものを創造する営為」のことであり、危機に遭遇したとき、制度は既存の規範および組織のブリコラージュを通してこれに対応しているという。そして、危機時にこの制度的なブリコラージュが有効に行われるためには、個人が有効に「環境から引き出せる材料を具体的状況に照らして能動的に再解釈する」ことを可能にするような制度デザイン、および、それを制度的なブリコラージュへと結びつけることを可能にするような制度デザインが求められるという。
それでは、そのような制度デザインとは、より具体的にいかなる形をとることになるのであろうか。この点につき、本論文は「ラフなスケッチ」として、次の3点を指摘する。第1に、「蓄積されている材料(つまり規範や組織)を精査し、その中から適切な材料を見極めるというプロセスが可能になる制度」、第2に、「複数の領域と接点を保てるポジションが用意され、異なる領域の間でアイデアの交換ができるような形で個人を取り結べる制度」、第3に、「何らかの役割を個人に割り振り、それぞれの人が社会における居場所を確保できるよう[な]デザイン」である。
以上が本論文の要旨であるが、その意義は多岐にわたる。社会諸制度が危機に適切に対応しうるための条件を解明するためには、まずもって危機時の制度過程を精確に理解しなければならない。この点、本論文は、制度による危機対応は不確実性の高さゆえに多くの場合ブリコラージュの形をとらざるをえないことを、具体的事例を交えつつ明晰な理論的分析により説得的に示しており、危機対応学の基盤的知見を提供するものとして高く評価されよう。さらに、制度の維持・変化をめぐっては各種の理論・モデルが存在するところ、危機時の制度過程の理解におけるブリコラージュの視角の有用性を理論的に明らかにした点において、政治学・法社会学の制度論(歴史的制度論)にも重要な貢献をなすものといえる。
また、本論文が「ラフなスケッチ」として提示する、危機時に制度的ブリコラージュが有効に行われるための条件は、いずれも示唆に富む。試みに、評者の専門とする法制度(特に司法・裁判の場面)の領域において、3条件を日本にて具体化する施策について考えてみると、さしあたり、常設の公益訴訟団体の普及・促進や、当事者以外の第三者も裁判に参加できるアミカス・キューリー制度の導入などが思い浮かぶ。実際にアメリカにおいて、1950年代中期以降に人種差別という深刻な道徳的・社会的危機への法制度上の対応(司法的対応)が進展したことの背後には、1つには、これらが第1の条件・第2の条件として機能したことがあった(e.g. 見平典『違憲審査制をめぐるポリティクス』成文堂、2012年)。
今後の課題としては、危機対応学の見地からは、危機時に制度的なブリコラージュが有効に行われるための制度的デザインについて、上記3条件をより具体化するとともに、他の諸条件も析出していくことが期待されよう。そのためには、具体的事例において、権力過程の中で特定のブリコラージュが他のありうる複数のブリコラージュの中から選択された要因、特定のブリコルールがブリコラージュをなしえた要因、ブリコラージュとは異なる対応がなされた要因(あるいは何らの対応もなされなかった要因)を分析することが有用であろう。また、政治学・法社会学の制度論の見地からは、それらの分析も踏まえつつ、制度的ブリコラージュの理論と、制度変化に関する他の諸理論・モデルとの連関を明らかにすることも期待されるところである。