第12章 鈴木富美子・佐藤香「夫婦の危機が始まるとき-パネルデータからみた結婚満足度」
(書評:永井暁子)

永井暁子
日本女子大学人間社会学部社会福祉学科准教授

 1960年代後半から離婚率が上昇したアメリカを中心に、結婚の安定性は人々の重要な関心事となり、これまで離婚の要因や結婚の質に関する研究がすすめられてきた。その結果、結婚生活の破綻のリスクを高める要因として早婚、夫が無職・非正規、あるいは低収入であること、破綻した結婚生活を解消させるために有効な手段として妻が有職あるいは高収入であること、子どもがいないか子どもの年齢が高いこと、また、破綻のリスクを高める要因であり離婚に踏み出す要因でもある「離婚への許容度」が指摘されてきた。

 このような研究視点とともに、結婚年数の経過により結婚の質がどのように変化するのか、その変化のパターンについて長らく議論が交わされてきた。結婚当初のハネムーン期から馴化によって、結婚初期には結婚年数の経過とともに結婚満足度は急激に低下する傾向は知られているところであるが、議論の分かれるところは結婚生活後半である。子は鎹であるとともに、夫婦関係の潜在的な問題を顕在化させるという点で、しばしば子は(夫婦関係にとって)禍のもととなる。つまり、結婚後半で子どもが離家することにより結婚生活が安定に向かい結婚満足度が上昇するのか、結婚の質が回復することはなくまあまあのところで下げ止まるのかといった議論である。

 本論文の新たな知見は、男女の結婚満足度の差を危機ととらえ、危機が生じやすい時期を結婚初期と後期に見出した点である。分析結果を見ると、結婚初期に結婚満足度が低下する女性が多いが、男性は満足したままであるケースが多い。結婚後期では不満を持ち続ける女性、満足度が低下する女性がいる一方、男性は満足している状態が続いている。この男女の乖離が大きいのが結婚初期と結婚後半であり、これが「危機」とされる状況である。

 結婚の初期に焦点をあてた分析では、男性の家事や育児の遂行度が低いこと、そして男女で夫の家事育児の遂行度の回答の差が大きい、つまり男性自身の回答よりも女性は低く評価していることから、結婚初期に家事育児分担問題が夫婦関係に亀裂をもたらすこと、そして(第1子の育児で女性が疲れ果てて)第2子の出生に結びつかないことを指摘している。

 結婚後期の危機の指摘は、日本では「熟年離婚」がよく知られているため、意外性がない結果のように見える。しかし、結婚後期は離婚を回避する要因がなくなったため、つまり子の成長により離婚の選択をするようになったと考えられることが多かったが、夫への期待が低下した後もさらに低下し離婚に結びつくというのであれば、意味のある知見といえる。

 注において第13章の有田論文で記されている概念を用い、男性の「ネガティブ・ケイパビリティ」を高めることが夫婦関係の「危機」にとって意味を持つと著者らは述べている。「ネガティブ・ケイパビリティ」が結婚生活を説明することに有用であるという指摘はまさにその通りである。同棲婚の解消を考慮すると離婚率は欧米と比較するとまだかなり低いのだが、日本では離婚率が上昇する以上に特徴的な変化は未婚率の上昇である。家族生活を顧みない社会的な状態がこれからも続くのであれば、結婚しないという選択が夫婦の危機を回避するための最も優れた選択であるだろう。