第11章 スティール若希/レア・R・キンバー「女性のアドボカシー活動と提言―仙台防災枠組をめぐる国際連携」(書評:池田恵子)
池田恵子
静岡大学教育学部教授
女性を「災害に対する脆弱な被害者としてではなく、災害リスク削減のために主体性と指導力を発揮する重要な存在として位置づけ」(p.277)る。――本論考で考察されているとおり、多くの女性たちのアドボカシー活動の結果、ようやくこのことが仙台防災枠組(2015)で合意された。
女性が災害に対して脆弱であるということは、女性は弱く保護や配慮を必要とする存在だということではない。災害の社会科学的研究でいう脆弱な人々とは、資源や権力の配分の不平等を前提とした政策や制度によって生み出され、ハザードに対して危険な状況にある人々を指す。したがって日本の女性の脆弱性とは、ジェンダーギャップ指数2019が全体順位121位であることに代表される不平等に根を持ち、女性が災害状況を生き延びようとする際に問題となる社会の不公正さである。
脆弱性の緩和とリーダーシップの促進は相互に関係するが、それぞれが必要なことでもあり論じ分けねばならない。女性が「脆弱な被害者ではない」というとき、社会が女性の脆弱性を強める状況はもはやなくなったことを意味するのではない。脆弱性の進行(Blaikie, P. et al. 2003)によって危険な状況におかれた人々ほど、リーダーシップを発揮できる環境にない。女性のリーダーシップがより機能するためには、脆弱性の緩和が条件となる。
ここ数年、地域防災の現場では災害対応や防災に女性のリーダーシップが必要だという認識は高まり、防災活動や大災害時の支援活動を主導する女性たちは確実に増えている。しかしながら、行政の危機管理部署や地域の共助を担う自主防災組織をはじめ災害関係の組織には、責任ある立場に女性は非常に少ないままである。仙台防災枠組の合意内容と国内の防災・災害対応の施策内容との乖離は多方面に及ぶが、女性の災害リスク削減におけるリーダーシップ推進についても国内施策では有効なアプローチは示されていない。災害対応や防災に現場で女性がリーダーシップをとることの困難さ、新たに芽生えた女性リーダーの経験とは何か、地域社会や組織の災害対応力にどう影響するのかの検討が必要とされている。
本論考は、脆弱な集団が個別にリスト化される「買い物かごアプローチ」を批判し、多様な集団間の交差性に着目したより繊細なアプローチの必要性を強調している。脆弱性は、その定義上、特定の人物や集団に永久について回る属性ではなく日常がどうであるかが重要であり、その日常も可変的である。この発想は、集団を解体する。防災・災害対応に個別の集団への対応すら定着していない現状では実践のジレンマがある。防災や緊急対応時の対象集団別チェックリストのようなものは、当面は必要であろう。一方、例えばコミュニティベースで参加型の災害リスク削減活動などでは交差性を取り入れた手法が有効だろう。現場で適用可能な交差性と可変性に基づくきめ細やかな防災や災害対応のアプローチの開発が必要である。災害の社会科学的研究においても、被災した女性のエージェンシーや脆弱とみなされる人々のリーダーシップに関する研究が望まれる。
Blaikie, P. et al. 2003, At Risk:Natural Hazards, People's Vulnerability and Disasters, Routledge.