第10章 川田恵介「災害対応のための政策意識分析―コンジョイント分析を基に」
(書評:吉田雄一朗)

吉田雄一朗
広島大学大学院国際協力研究科教授

危機対応政策に優先順位をつけるという課題については、規範的な議論と実証的な議論が存在し得る。規範的な議論には、「起こりうる深刻な災害すべてに対して対応をすべきである」という教義的なものを脇に置けば、"専門家"の熟議によるものが考えられる。たしかに、"天が動くのか地が動くのか"といった科学的真実についてであればこういったアプローチも有効かもしれない。しかし、災害リスクの評価にはその影響についての人々の価値観が反映されるため、危機対応政策の優先順位の決定というのは明らかにこれとは異なる。川田論文は、したがってこれを重要な実証的問題であると捉え、現時点でもっとも頑健で信頼性が高いと思われる手法を用いて、この問題に対する解答を与える。

川田論文は近年開発された「コンジョイント・サーベイ実験法」という手法を用いる。この手法は、従来のコンジョイント分析のように、多数の選択肢を提示する必要がなく、にもかかわらずランダム化により(ほぼ)完全な直行化を達成できる。しかも実際の解析は平均値の差の検定(あるいは、たかだか回帰分析)という極めてシンプルな推定だけで十分である。当該手法はこれらの諸点により、頑健性・信頼性が高いと言える。

地震の発生確率が上がると、それに対する人々の危機対応政策支持確率は上昇するのか、というのは、単純そうに見えてじつは、奥が深い問題である。たしかに、これまでの経験を振り返れば、地震の発生確率や、それに対応する政策についての、さまざまなデータが存在する。しかし、そこからこの単純で奥深い問題に対する答えを導くことは、じつは容易ではない。この問題に答えるためには、きちんとした因果推論を行う必要がある。コンジョイント・サーベイ実験法は、ルービンの提唱する潜在結果モデルに基づいた、きちんとした因果推論である。論文中でもしっかりと説明されているが、これによって、災害のさまざまな属性が変化することの危機対応政策支持確率への因果効果を適切かつ定量的に推定することができる。

本論文の行なった研究で用いられた実験調査設計では、その対応政策が求められる潜在的な災害が6つの属性によって規定されている。これらの属性はそのそれぞれについて複数の異なる水準が想定されており、実験中ではこれらがランダムに出現することにより、上述した因果効果の推定を可能にしている。現実にはこれらの属性値の出現は独立ランダムではなく、いくつかの属性のある特定の組み合わせは、他の組み合わせに比較してより出現確率が高いということが考えられる。しかし本論文は、個別の属性の因果効果をきちんと推定しこれをビルディングブロックとすることで、こうした実際の災害発生確率を加味したよりきめ細やかな危機対応政策評価への拡張が容易に可能である点も、特記に値する。この点は将来の研究としてぜひ行なってほしい。

原子力災害対応政策が高い優先度を持つのに対し、テロはその他の災害に比べて政策優先度が有意に低い、など、得られた結果も極めて興味深い。災害の異なる属性の政策優先度への因果効果を定量的に比較することも可能であることは上述した。避難者数が1万人から10万人へ、あるいは5万人から50万人へと10倍増加することは、ともに10%強だけ政策支持確率を上昇させる。このことから、人々は避難者数や死者数といった数字の絶対値ではなく、倍率に線形に反応しているようにも見える。また、発生場所を関東と関西の2つに設定したが、これを回答者の属性データから、自地域と他地域に区分しなおす/細分化して推定をしてみても、また違う結果が得られるであろう。

本実験において著者は、災害発生前と災害発生後という二つの異なるシナリオを用意する。すなわち、「当該災害が未発生の状況での事前対応の優先度の評価」と「災害発生後の事後対応政策の優先度の評価」である。事後対応についても、事前対応ほどではないにせよ、発生確率の高い災害ほど優先順位が高かった。この結果は興味深い。なぜなら、「一度起こってしまえば発生確率は優先順位に影響を与えない」あるいはむしろ「想定しにくいことが起こったのであるから一層の支援が必要だ」という直観に反するからだ。この結果がなぜ得られたかについて著者は2つの潜在的な理由を提示している。一つは想定されていたにも関わらず生じた被害は対応されるべきというもの、もう一つは発生確率が高い災害は回答者が自身の被災確率も高いと解釈した可能性である。相関の背後に「なぜ」を追い求めることはナンセンス極まりないが、因果推論においても、得られた因果の「なぜ」すなわち因果経路の議論については慎重であるべきことは著者も述べている通りである。今後はサブ解析などを通じて、本研究で得られた因果効果についてはぜひその「なぜ」を、できるかぎり明らかにしていってほしい。

最後に、本論文は、我が国においては避けられないさまざまな災害リスクに対応する政策に優先順位をつけるというきわめて重要かつ実証的な研究目的を深い科学的根拠に基づいた分析によって達成した先駆的研究であり、その学術的・政策的な意義は大きいと述べて、川田論文に対する講評としたい。

誤植:

P252,「事後対応に分類できる」は「事前対応に分類できる」

P256,「後掲の図10−1」は「後掲の表10−2」

P265,図10−1およびP268,図10−2の、「500,000名テロ」は「500,000名」