第9章 森本真世「危機対応と共有信念―明治期における鉱山技師・石渡信太郎を事例として」
(書評:結城武延)

結城武延
東北大学大学院経済学研究科准教授

本論文を読む前に、炭鉱業の専門家以外で「石渡信太郎」という名を知っている読者はほとんどいなかったのではないだろうか。評者は、そのほとんどいなかった希少な読者の一人である。森本氏と机を並べて共に研究に勤しんでいた大学院時代、評者は森本氏の研究報告で石渡信太郎の存在を知った。東京帝国大学卒の選良にも関わらず、荒々しい炭鉱労働者と一緒になって炭鉱で発生する事故に対応した男として、史料にその姿が鮮明に描かれていた。一企業内で在来的な技術、組織そして管理が近代的なそれへと変化していく過程が克明に記述された史料でもあり、明治大正期の経済史・経営史を専門とする評者にとって極めて興味深い史実であった。戦前期の経済史・経営史にとって重要な論点であり続けている日本の近代化過程が垣間見える事例としても、本論文を読むことができる。

予想ができない、多くの人命が失われ得る危機が起こる可能性が高い状況で、その状況を認識し適確に対応するために、その危機対応の責任者がしなければならないことは何か。このことを現場の具体的な状況に即して明快に示したのが本論文の貢献である。突発的な事故、しかも死亡する可能性が極めて高い事故が頻繁に起こり得る労働現場であった炭鉱において、責任者が負うべき役割は重要である。事故を起こし得る行動をした者、一緒に働く相手を裏切った者に対して暴力的制裁も含めた厳しい対応を取ることが責任者に求められた。いうまでもなく、事故が起こる最前線で常に命を懸けて陣頭指揮を執ることも責任者の重要な役割であった。責任者が在来的な納屋頭から近代的な技師へと変更する際に、最新の知識を活用できて、より安全な採炭法を取ることができるだけでは、現場労働者は納得しない。現場労働者とともに大酒を飲み、刃傷沙汰にも動じない度胸を持ち、柔道ができる頑健な身体を持っていることをも示して、石渡は炭鉱労働者にはじめて責任者として認められて、お互いに信頼できる相手として共有信念を形成し得たのである。

このように危機に直面する現場において、当事者がどのように対応すべきなのかを検討する上で、本論文は示唆に富む事例を提供している。しかし、それだけではない。比較制度分析において実証的に明らかにすることが難しい「制度変化」の過程を明らかにしている一事例としても、本論文を評価することができる。構成員間における共有信念が安定的になっている状態を制度として解釈する比較制度分析において、「制度変化」とは従来の共有信念から新たな共有信念へと変化する過程に他ならない。理論的にはこのように表現されるが、それを実証するのは極めて難しい。人々の頭の中にある信念―確率的予想の体系―が変わる様子が示されていて、新しい共有信念の形成過程として整合的に解釈し得る証拠(史料)を発見することそれ自体が難しいからである。

近代鉱山学を学んだ石渡信太郎が在来的な残柱式採炭法から近代的な長壁式採炭法へ、採炭法の変更を試みた現場の状況を石渡自身が克明に記した史料「筑豊石炭鉱業の過去及び将来に就いて」(1928年)は、まさに炭鉱労働者たちの共有信念が新たに形成されていく過程が描かれており、「制度変化」が記述された証拠としても解釈できるのである。このように危機対応の社会科学としてだけではなく、戦前期の経済史・経営史の重要な論点を提示した論文としても、比較制度分析における制度変化を実証した論文としても読めるところが本論文の大きな魅力になっているといえよう。