第5章 松村敏弘「東日本大地震後の電力危機と危機対応―将来に備えた電力システム改革」
(書評:高村ゆかり)

高村ゆかり
東京大学未来ビジョン研究センター教授

 本章は、東日本大震災と福島第一原子力発電所事故の後に生じた電力不足という電力システムの本旨を揺るがす危機的状況がなぜ生じたのか、最良の、あるいはよりよい対応ができなかったのはなぜか、を問うものである。そのことにより、本章は、かかる危機的状況が将来発生するのを回避し、現に発生した危機への対応を可能とする、レジリエントな電力システムのありようとその実現を目指す改革の到達点を論じるものでもある。

 地震や気象災害など災害リスクが高い日本においては、本来、エネルギー、電源、電源立地の多様性が電力の安定供給の鍵となる。しかし、その脆弱さは認識されていたにもかかわらず、大規模集中電源から需要地への送電を基本にした多様性の乏しい電力システムであったこと、そして、当時の電力システムの担い手であった発電、送電、小売の地域独占を認められてきた電気事業者との利害対立により、あるべきシステムに向けた改革が遅れたことをその理由として指摘する。

 多様性を内包する電力システムは、再生可能エネルギーのような分散型電源、そしてEVや需要側のリソースを組み込み、それらを情報ネットワークでつなぎ、柔軟かつ統合的に需給を管理する電力システム像でもある。昨今話題となる"Grid integrated efficient buildings" "Grid interactive efficient buildings"のように、建築物もまたグリッド(送電網)に統合される分散型リソースの一つとなりうる。デジタル技術が連結するエネルギー、モビリティ、建築物といったセクターを超えた技術の革新は、多様性を内包する分散型の電力システムを現実のものとしうる契機を生んでいる。

 こうした技術の実装とともに、本章でも言及があるように、日本のエネルギーシステムにとって、低炭素社会、ゼロエミション社会への対応の強化も喫緊の課題である。昨年、一昨年の台風は、電力網にも大きな損害をもたらし、電力システムのレジリエンスが問題となった。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の1.5℃特別報告書(2018年)によれば、現在世界の平均気温は約1℃上昇しているが、今後の気温上昇とともに、異常気象によるインフラへの損害を含む気候変動のリスクは一層高くなると予測されており、2030年に十分に先駆けて世界の二酸化炭素排出量が減少し始めることが、将来の影響リスクを低減し、対策のコストを下げる。エネルギーシステムが国民の福祉の向上のためにあるとすれば、そのレジリエンス強化はもちろん、エネルギーシステムが将来にむけて新たな気候の危機を生み出すリスクをはらむものでないことは必要条件であろう。多様性を内包する分散型の電力システムは、エネルギー効率改善と再生可能エネルギーの普及という気候変動対策の主要な方策を促進しうる潜在力を持つ。一方で、前述のように、気候科学の知見は、気候変動のリスクの回避には相当の速度での電力システムの低炭素化・脱炭素化を要請する。

 新たな技術革新を実装し、これから想定される危機を回避し、危機によりよく対応する電力システムへの改革を、速度をあげて進めていくには、本章が提起する電力システム改革がなかなか進捗しなかった理由をあらためて問う必要がある。日本より早く1990年代から電力システム改革が始まった欧州においても、その再編を導く改革の中で既存の電力事業者の抵抗は小さくなかった。2000年代に入り、システムの効率性、エネルギー安全保障に加えて、気候変動対策を旗印に加え、再生可能エネルギーの導入拡大とともに、送電網の欧州大の広域運用を含め、本格的にエネルギー市場の統合を進めた(例えば、Pollitt, M.G.(2019). The European Single Market in Electricity: An Economic Assessment, Review of Industrial Organization, 55以下)。改革の進捗を阻んだ要因は日本固有のものなのか。日本の政策決定に通底する特質なのか。本章は、これらの問いへの検討を深化させる貴重な素材を提供してくれている。

 周知のとおり、本章の執筆者は、エネルギー政策の舌鋒鋭い論客である。胸を打つのは、政策決定に関わる執筆者の「国民にとってよりよい電力システムの構築」への使命感とそれを支える倫理(ethics)である。その政策決定を最終的に監視するのは国民であるとの指摘にも共鳴する。本章は、よりよい電力システム、エネルギーシステムのありようとともに、国民が真にその監視の役割を果たしうる透明性の高い政策決定を保証する制度となっているかをあらためて問うものでもある。