第4章 丸川知雄「危機の元凶は中国か?―マグロ,レアアース,サンマの資源危機」
(書評:勝川俊雄 )
勝川俊雄
東京海洋大学 准教授
1990年代以降の日本と中国の関係は、政令経熱と呼ばれている。日中は、経済的に強く結びついていて、我々の日常生活は、食品、電子機器および衣料品など多くの中国製品に支えられている。その一方で、領土問題や歴史問題を背景に、日中の間には政治的な溝は深く、両国の関係を難しくしている。2010年の尖閣諸島中国漁船衝突時件は、両国の国民感情を著しく悪化させたことが記憶に新しい。
近年は、中国の経済発展によって、資源争奪戦についての懸念も高まりつつある。その背景には、多くの人口を抱える中国によって、世界の資源が買い占められてしまうという潜在的な不安がある。丸川は、中国が原因と見なされた資源の危機(マグロ、レアアース、サンマ)を例に、それに関する言説を検証をして、メディアや政府の堪能が時として事実ではない危機の言説を作り上げてきたことを示した。
数年前には、初競りのクロマグロが香港の寿司屋に落札され話題になった。最近は、中国漁船の乱獲で日本漁船がサンマを捕れなくなったという報道を頻繁に目にするようになった。中国人が魚を食べ尽くしているので、我々の食べる魚が減ってしまったと考えている日本人は少なくない。
しかしながら、これは事実ではない。クロマグロとサンマは、中国よりも日本の漁獲量の方が多い。客観的に見れば、資源減少の責任は、中国よりもむしろ日本にあるのだ。そもそも、中国人が魚を食べ尽くすという発想が事実と反している。実は、中国は世界一の養殖大国であり、水産物の輸入よりも輸出の方が格段に多い。中国は水産物を食べ尽くすどころか、世界の魚食を支えているのである。
現行の日本の漁獲規制は機能しているとは言いがたい。サンマは資源量の減少から、水揚げが落ち込んでいる。2019年の日本漁船の漁獲量は3万9千トンにとどまった。日本政府がサンマ漁業者に認めた漁獲上限は26万4千トンである。豊漁期の漁獲量をベースにして、過剰な漁獲枠が設定されているのである。漁獲が規制出来ていないのは、中国も日本の大差がないのである。
なぜ、水産分野では実態に即しない中国脅威論が台頭するのか。そのメカニズムについて、検証があってもよかったのではないか。日本は他国を非難する前に、国際的な規範に基づいて、自国の漁業を規制する仕組みをつくるべきなのだが、より多くの漁獲を望む業界と、業界の意向を重視する寿司産業は、自国の漁業の規制に慎重な姿勢を示している。「マグロやサンマの不漁は中国の乱獲が原因で、日本は被害者である」と主張するのは、業界にとっても行政にとっても好都合なのである。自分たちの責任を曖昧にすると同時に、「自分たちは被害者なので、補助金が必要だ」と主張することもできる。
メディアも、中国脅威論を積極的に発信してきた。評者は水産資源の専門家として、多くのメディアの取材に対応をしてきたが、中国のせいで魚が減っているという結論ありきで、取材をするメディが多い。サンマについては中国の影響が限定的であることを、丁寧に説明して、その場ではわかってくれた用に見えても、中国脅威論的をベースに番組作りがされるケースすらある。つまり、わかった上でミスリードしているのである。丸川が指摘するように、他国に資源をぶんどられるというストーリーはわかりやすいし人々の感情を刺激するので、メディアもそれに乗っかるのだろう。
中国を悪者にしておけば、国民は納得して、業界、行政、および、メディアは短期的な利益を得ることができる。その一方で、解決すべき国内問題が放置され、両国間の感情が悪化するという副作用がある。
事実に基づかず、不要な対立を高めることは、お互いの信頼関係を損ない、結果として、自分たちに跳ね返ってくる。著者は立ち止まって危機の本質を幹分けることと、軽率な反応を自重することの重要性を指摘している。中国がやっかいな隣人であることは間違いない。だからこそ、冷静に相手の行動を把握して、上手に付き合っていく必要があるだろう。