第3章 保城広至「キューバ危機はなぜ回避されたのか?―時間の国際政治学」
(書評:山本吉宣)
山本吉宣
新潟県立大学教授・東京大学名誉教授
本論文は、危機対応の社会科学の一環であるという。危機とは、正確にはとらえられないが、集団や個人の「存立基盤が崩壊する可能性のある事態」(総説、p.2)であるという。キューバ危機に直面したアメリカには、ミサイルはミサイルであり、ソ連にあろうともキューバにあろうとも変わりはないという危機ではないという認識を示すものが初期段階では存在した。しかし、全体的にはそれはアメリカの存立基盤にかかわるという合意は成立していた。
国際政治学においては、危機は、予想もしなかったこと、大きなステークがかかるもの、そして、決定時間が限られているという特性を持つものとされてきた。このような危機の分析は、危機の発生(認識)、対応策の検討と選択、実行、その結果というシークエンスを考える。とりわけ、結果(成功・失敗、あるいは暴力的な結果になったかどうか)を問題とする。そこでは、定性的な分析(ケース・スタディ)もあり、計量的な分析(経験的法則性の抽出)も行われてきた。保城論文は、キューバ危機のケース・スタディと多くの危機を対象とした計量分析の両方を有機的に取り扱っている。ケース・スタディとしては、基本的なアリソンの政策決定モデルの有効性が示されていると同時に、資料の発掘等により、モデルの適合性、また解釈が変化してくることが示されている。
計量分析においては、諸危機(キューバ危機を含む)が暴力的な結果となったかそうではなかったかを、危機の重要さなどの要因を勘案しつつも、危機の発生から最終決定までの時間(日数)の影響を集中的に検討している。そこで明らかになったことは、決定時間が短いと暴力的になり、ある程度(5~8日)の時間があると物理的な暴力の程度は最低となり(キューバ危機で決定に直面した米、ソ、キューバはすべてこの範囲に収まる)、しかしそれ以上になると再び暴力の程度が上昇する、というものである。時間が短いとストレスが大きく、十分な選択肢の吟味ができない、あまり長くなると、議論が拡散したり、集中力を欠いたりして、合理的な決定ができない。この発見は、危機についての先行研究にはないもので、保城論文のユニークさとオリジナリティを示すものである。この危機における最適な決定時間は、危機の分析とは若干離れるが、選択のパラドックス、力のパラドックスに通じるものがある。消費者の選択肢の数は、少なすぎても多すぎてもよくない、軍事的な能力は、少なすぎても多すぎてもよくない、というものである。その伝でいえば、保城の議論は、「時間のパラドックス」の発見と言えよう。
ただ、危機における最適の時間(幅)は極めて重要なものではあるが、危機の参加者がどこまでそれを意識的にコントロールできるか、という問題は残ろう。とはいえ、決定の過程において、時間を含めて十分な選択肢とその吟味が可能になるセッティングを作り出す必要があるという指摘は、単に国際政治における危機だけではなく、他の自然災害などの危機にも適応可能であろう。保城論文の危機対応の社会科学への貢献でもあろう。
[山本吉宣 新潟県立大学教授]