第13章 石田賢示「移民受入れへの態度を巡るジレンマ―個人のライフコースに注目して」
(書評:是川夕 )
是川夕 1
国立社会保障・人口問題研究所
人口動向研究部第三室長
本章は移民受入れへの態度の決定要因を個人のライフコース上の変化から明らかにした興味深い論考である。これまでの研究の多くは個人間の属性の差異が移民に対する態度をどのように決定するかという横方向の比較であったところ、本研究は個人内での職業や配偶関係の時間の経過に伴う変化といった縦方向の比較を行った点に特徴がある。
その結果、明らかになったことは男性にとって職業や配偶関係の変化といったライフコース上の変化はその移民受入れへの態度を決めるに当たってほとんど影響を及ぼしていないということである。一方、女性に関しては結婚や15歳未満の子どもを持つといったことが、移民受入れに対する否定的な態度につながることが示された。
本論考ではこうした結果を以て、女性に対して家庭、地域内におけるより能動的な役割遂行を求める日本の性別役割分業構造が、結婚して比較的小さな子どもがいる女性の間で、地域社会におけるリスク要因としての移民受入れに対する否定的態度を生むのではないかとの考察を行っている。また、男女とも就業面での変化との関連が弱いのは、現在、日本の移民受入れ政策が一部の職種に限った形で行われているためであり、今後、より広範な受入れに伴って、日本人との競合が起きるようになれば、こうした状況は一変するのではないかとの懸念も示している。
こうした論考はパネルデータを使った本論考ならではものであり、非常に興味深いものといえる。一方、仮に今後の展開について指摘するとすれば、以下の点を挙げることが可能であろう。
まず、結婚や比較的小さな子どもを持つことが移民受入れに対する否定的態度を生むことの検証については、居住地域の外国人割合の変化といった家庭・地域生活と直接関わりを持つ変数を投入することが望ましいのではないか(ただ、こうした女性もいずれ子どもが大きくなれば、再び移民受入れに対する肯定的態度を取り戻すと考えれば、さほど大きな問題ではないのかもしれないが)。職業に関するイベントの影響が検出されなかったのは、流動性が低く、年功型の賃金カーブが見られる日本の労働市場では、時間の経過に伴う変化よりも新卒時の就業形態といった横断面での違いの方が重要な可能性を示唆するといえよう。
最後に私が本論考を読んでいて気になったのは、むしろ男女ともに近年になればなるほど、そしてその中でも特に日本社会への希望を強く感じるようになっている人ほど、移民受入れに対して肯定的になってきているということである。これは現在の日本において、移民受入れが不安よりは希望の側に属する出来事と受け止められるようになってきていることを示すものといえよう。
これは一過性の現象なのか、あるいは今後、日本社会を大きく変えていく意識となるのか、現時点では不明であるが、危機と表裏一体である希望との関連でも移民政策が今後、非常に重要になっていくことを示唆するものといえるだろう。
1 博士(社会学)、国立社会保障・人口問題研究所