第10章 玄田有史「職場の危機としてのパワハラ―なぜ『いじめ』は起きるのか」
(書評:川口章)

川口章
同志社大学政策学部教授


 近年、職場のいじめや嫌がらせが大きな社会問題となっている。本論文は、筆者が2019年に実施した労働者1120名に対するアンケート調査に基づき、パワハラを訴えやすい労働者の属性や、パワハラが起こりやすい職場の特徴を明らかにしたものである。

 まず、筆者は、労働者の属性とパワハラ被害の関係を分析することで、以下のような興味深い発見をしている。①転職経験のある人のほうが、5%水準で有意にパワハラ被害を訴えやすい(以下、5%の有意水準を基準に議論する)。②協調的性格の労働者はパワハラを訴えにくく、能動的性格や受動的性格の労働者はパワハラを訴えやすい。

 次に、職場属性とパワハラの関係については、以下の発見をしている。①10人以下の小さな職場と比べて、100人以上の大きな職場ではパワハラが発生しやすい。②職場の配属年数が2年以上4年未満でパワハラが発生しやすい。また、仕事内容とパワハラの関係については、仕事の中身・範囲がはっきり決まっている人はパワハラに遭いにくいことを指摘している。

 さらに、職場の特徴とパワハラの関係としては、以下の事実を明らかにしている。①上司と部下あるいは同僚同士のコミュニケーションがとれている職場、若手・中堅・ベテランの社員がバランスよくいる職場、従業員同士が干渉しあわない職場ではパワハラが発生しにくい。②いつも仕事があふれている職場、失敗が許されない職場、採用や退職、人事異動で人の出入りが多い職場ではパワハラが発生しやすい。

 最後に筆者は、若手・中堅・ベテランの社員のバランスがよい職場、失敗覚悟でチャレンジすることが許される職場、コミュニケーションのよい職場など、長期的な視野をもって人材育成やマネジメントが行われている職場ではパワハラが発生しにくいことを強調している。また、近年のパワハラ増加の背景には、そのような長期的視野をもった職場が減りつつあることが原因である可能性を示唆する。

 筆者が利用した調査は、慎重に計画され実施された貴重なものである。それを使って、多様な視点からパワハラが発生するメカニズムを明らかにしている点で、本論文のハラスメント研究への貢献は大きい。特に、長期的視野をもった人材育成やマネジメントの欠如がパワハラをもたらす可能性があるという結論は興味深い。

 一方、本論文では、労働者の性格要因、転職経験、仕事内容、職場の特徴など多様な論点が取り上げられているが、結果として議論が拡散している感がある。一つ一つの論点は、それだけで論文が一編書けるほど興味深いものである。今後、いずれかの諭点に焦点を絞って深く分析すれば、さらに独創性のある研究になるのではないだろうか。