「ヤミ・ケータイ」を買ってみませんか?
中国に何度か行った経験がある人も多いと思うが、読者の皆様は「ヤミ携帯電話」というものがあることはご存知だろうか。ヤミと言っても、それを購入したり使用することは特段違法というわけではなく、中国国内で年間2000~3000万台という巨大な規模で販売されている。これがヤミと呼ばれるのは、それを作っているメーカーが政府の生産許可を受けていないからにすぎない。皆様が日本で使っている携帯電話からICカードを抜き出してこの「ヤミ携帯電話」に差し込めば、日本の番号にかかってくる電話を中国で受けることができるから、長期間中国を旅する人は、ものは試し、ヤミ携帯電話を買ってみてはいかがだろうか。ただし、品質は保証しかねるが。
日本にはヤミ携帯電話は存在しない。携帯電話はすべてドコモやauなど、携帯電話を運営する通信会社のロゴが入った正規のものだけである。第三者が勝手に作った電話機に自分のICカードを差し込んで使うことは不可能ではないし、それを禁じる法律があるとも思えないが、そういうビジネスを営むものは誰もいない。日本にはまったく存在しないヤミ携帯電話が中国には市場全体の2~3割を占めるような規模で存在する。なぜ日本と中国の間でかくも大きな違いがあるのであろうか。
日本人は遵法精神が強いのに対して、中国人は遵法精神が弱いから違法な携帯電話が出回るのだと主張する人もいるだろう。だが、ちょっと待って欲しい。日本では第三者が勝手に携帯電話を作ることは禁じられていないのだ。仮にドコモやauなどの通信会社がそうした携帯電話の使用を拒絶したりすれば、むしろ独禁法違反に問われる可能性さえある。実は、日本では通信業者が携帯電話を安く売っておいて後から月々の通信料金でその分を回収するという仕組みをすべての通信業者がとっているために、第三者が携帯電話を製造して販売しようとしても、ビジネスが成り立たない仕組みになっているのだ。これが日本に「ヤミ携帯電話」の類が登場しない真の理由である。
つまり、日本ではドコモ、auなどの通信会社と、そこへ携帯電話を供給するメーカーとはバッチリ系列化されており、そこから外れたメーカーは、通信会社に携帯電話を採用してもらわない限りは参入のチャンスがない。一方、中国では携帯電話のカードを入れ替えることで別の通信会社に乗り換えることが簡単にできるため、携帯電話を安く売っておいて後から料金で回収するという仕組みが成り立ちにくい。そのため、中国は通信会社と携帯電話メーカーとはバラバラで、消費者は通信会社のサービスと、携帯電話の本体とを別々に買う。従って、携帯電話メーカーは、通信会社に採用してもらえなくても、携帯電話を市場で売ることで生きている。政府から認可を受けていないヤミ携帯電話メーカーでも、その製品を買ってくれる消費者がいる限り生存空間を見つけることができるのである。
中国では通信会社と携帯電話メーカーとの間がバラバラであるために、零細なヤミ携帯電話メーカーでも簡単に参入できる。似たような構造は、実は中国の携帯電話だけでなく、テレビやエアコンなどの家電製品、パソコン、さらに自動車でも見られる。拙著『現代中国の産業』(中公新書)ではこの構造を「垂直分裂」と名付けたが、そうした構造を持った産業には多数の中国企業が殺到する。そのために、しばしば供給過剰や激しい価格競争に陥ったりもするが、同時に激しい競争にもまれるなかからレノボ、ハイアール、華為、奇瑞といった世界に向かって羽ばたく中国企業が出てきていることは注目に値するだろう。「垂直分裂」は成長著しい中国の産業を見る上での一つの鍵なのではないかと考えている。