『アジア自動車産業の実力 世界を制する「アジア・ビッグ4」をめぐる戦い』(土屋勉男、大鹿隆、井上隆一郎著、ダイヤモンド社、20061月刊)

評者:丸川知雄(東京大学社会科学研究所助教授)

 日中韓にASEANとインドを加えたアジアの自動車市場は2010年には欧州18カ国を抜き、米国に迫る規模になると予測されている。世界のなかで最もダイナミックに成長するアジア市場を制する者が世界の自動車産業を制する。本書は冒頭でアジア市場の意味をこのように位置づけた上で、中国、韓国、ASEANの自動車産業と市場の状況を紹介している。内外のメーカーが参入し活況を呈す中国、通貨危機後の再編で息を吹き返した韓国、輸出拠点になったタイ、停滞感の強いインドネシア、フィリピンと、アジアの自動車産業は多様だが、複雑な現状を一冊で理解できる点が本書の最大のメリットである。ただ、本書の副題や冒頭で「アジア・ビッグ4時代」が到来すると展望しているのは、「世界の自動車産業は必然的に集約化へ向かう」という通念に無理に迎合している観がある。本書をよく読んでみると、「アジア・ビッグ4」、すなわちトヨタ、日産、ホンダ、現代が中心になると言っているのは中国市場に関してであり、さらに注意深く読むと、「アジア・ビッグ4プラス欧米3GM、フォード、VW)の時代」が到来する、と慎重である。だが、評者は後者さえも疑わしいと思っている。中国の乗用車市場ではここ5年の間に内外のメーカーの参入が相次ぎ、市場集中度がどんどん低下した。先行者利益は存在しないようで、後発メーカーの方がかえって急成長している。なかでも新興民族系メーカーの奇瑞や吉利には、これまで外資系メーカーや国有メーカーで働いていた人材が集まり、急速に技術力と販売力を高めている。中国政府もこうした「自主ブランド」の台頭を後押ししようと方策を考えている。なので、地場系が2010年までに「淘汰、再編」されると見る本書はいささか悲観的すぎるように思う。さらに言えば、通貨危機以後成長が鈍っているASEANの自動車市場を今後活気づけるのも新規参入ではないだろうか。というのも、新規参入によって製品のバラエティが増え、競争激化によって価格も下がり、需要を喚起するからである。中国で2001年以降爆発的に市場が拡大したのも新規参入によって需要が喚起されたことが一因であった。本書に紹介されているアジアの自動車産業の現状から虚心に未来を見つめた場合に浮かび上がるのはビッグ4に集約されたきれいな姿ではなく、国ごとの多様性を残し、各国メーカーが入り乱れたグチャグチャとした状況ではないだろうか。