風評被害に遭う中国産食品

丸川知雄(東京大学社会科学研究所)

 

 肉まんの肉の代わりに段ボールを使っていたという「段ボール入り肉まん事件」はやらせ報道だったことが判明したが、中国産食品に対する不信感は日本にすっかり根付いてしまった。不信感ははっきりと数字に表れている。2007年上半期には、日本の中国からの生鮮野菜と魚の輸入が2割以上も急減した。日本を吹き荒れるこの中国産食品追放の嵐は、日中の経済関係に、また我々の生活に何をもたらすのだろうか。

 

 中国産食品に対して世界中で不信感が強まったきっかけは、中米で中国産原料を使った風邪薬によって多数の死者が出たことと、アメリカで中国産原料を使ったペットフードを食べてペットが死んだりしたことだった。どちらも人間が食べる食品の問題ではないにも関わらず、これにより中国産食品は怖いというイメージが広まった。

 ただ、風邪薬の問題について言えば、もともと薬の原料として作られたものではない化学原料を中米の業者が勝手に風邪薬に使ったものだし、ペットフードも製造したのはカナダの業者で、その業者が中国に責任転嫁した可能性がある。

 しかし、これらの事件と、中国国内でかねてから起きている食品の安全をめぐる数々の事件とが結びつけられたことで、あたかも「中国産食品には毒が入っている」かのような報道が日本の週刊誌などで繰り返されている。日本の某雑誌記者によると、今夏はとにかく中国の食品安全問題を取り上げれば雑誌の売上が伸びるとのこと。取り上げられる事例の多くは、中国のメディアで告発された中国国内での問題なので、それを知ったからと言って、日本人の日常生活に何か役に立つわけではない。結局、雑誌を買っている人たちは自分や家族の健康が心配だから関心を持っているのではなく、中国の問題をあげつらうのを面白がっているだけのようだ。メディアがそうした心情に迎合することによって、「中国産食品=毒」キャンペーンが繰り広げられている。

 だが、その(逆)宣伝効果は大きかった。中国からの生鮮・冷蔵野菜の輸入は2007年上半期には前年に比べて重量で25%減、金額で24%減となってしまった。活魚、ふぐ、あさりの輸入も軒並み20%以上減少している。テレビや雑誌で大きく取り上げられたのはむしろ7月以降なので、2007年後半には減少幅がさらに大きくなるだろう。私がいつも利用する生協でも、つい1ヵ月前には棚にいっぱい並んでいた中国産の鰻蒲焼きが今はほとんど撤去されてしまった。

 前に中国産食品が問題になったのは2002年におきたホウレンソウの残留農薬問題で、その時もいったんスーパーの棚から中国産冷凍野菜が消えた。その打撃からようやく回復してきたときに起きた今夏の騒動は、中国から輸入された食品自体に問題が起きたわけではないので、食品輸入に携わる業者や現地の農民たちにしてみれば、何ともやるせない思いであろう。

 まさにこれは、あたかも新潟柏崎原発で火災が起きたから日本の水産品はすべて危ないというのと同じレベルの「風評被害」としか言いようがない。日本に輸出されてくる野菜や加工食品は、日本の消費者の嗜好や日本の安全基準を満たすように輸入商社や現地の農民が作っているため、中国国内で起きている問題と無関係だし、まして中米の風邪薬と結びつけるのはこじつけでしかない。

 結局、日本の消費者は幻影に脅えているにすぎない。だが、消費者自身が幻影を作り出している側面もあり、消費者が身銭を切って、安価な中国製品から高価な日本製品に乗り換えることでいわば幻の「安心」を買っているのだと考えれば、それが客観的にはどれほど不合理で、供給者にとって理不尽な試練を強いようとも、それが市場経済だとあきらめるしかしょうがないのである。

 実際のところ、今回の輸入減少によってどのような影響が出るのだろうか。それを調べるために、2006年時点で、日本が中国産食品にどの程度依存していたのかを計算してみた。対中国依存度を、中国からの輸入数量÷(国内生産量+全輸入量)という数式で計算する。なお、輸出入統計と国内の生産統計とは品目の分け方が必ずしも同じではないため、誤差が生じる可能性があることはお断りしておきたい。

 まず農産物のなかで最も対中国依存度が高いのは落花生で、国内での収穫は2万トン(2006年度)であったのに対して、中国からの輸入は生のものとローストしたものとをあわせて89000トンに及んでおり、対中国依存度は74%に及ぶ。もし中国以外からの輸入に切り替えるとなると、輸入先はアメリカか南アフリカかということになるが、価格高騰は避けられないだろう。次いで高いのがニンニクで、対中国依存度は69%に及ぶ。中国以外の輸入先はほとんどなく、中国産が途絶えると、後は国内産に頼る以外になくなる。対中国依存度が高いものとして他にはまつたけ(64%)、そば(57%)、ごぼう(29%)、枝豆(26%)、しいたけ(22%)などが続く。

 続いて水産物に目を転じて対中国依存度が高い順にあげていくと、はまぐり(92%)、わかめ(77%)、ふぐ(65%)、あさり(47%)、わたりがに(42%)、活うなぎ(29%)などがある。うなぎの場合、蒲焼きなどに加工されて輸入される部分もあるので、それを加えた対中国依存度を計算すると60%となる。

 以上、対中国依存度が高いものを眺めると、和食の材料が多いことに気づく。もともと日本の風土から生まれた和食だが、日本人の欲望が日本の国土が産出しうる範囲を超えてしまった結果が中国からの和食素材の輸入である。いま日本人が中国から食料品輸入を減らすとすれば、その結果は和食素材の価格高騰、そして日本人の和食離れの進展であろう。

 ちなみに、中国の輸出全体に占める食料品の割合はわずか3%である。仮に世界中に「チャイナ・フリー」を宣言されて、中国産食品が追放されたとしても、中国の輸出はわずか3%減るだけで、なお2000億ドル以上の貿易黒字が残るのである。もちろん輸出する食料品の生産に従事している農民や漁民や企業は困るだろうが、中国全体としてみると中国産食品の悪評が世界を覆っても別に痛くも痒くもない。むしろ問題は、これをきっかけに改めて中国政府が国内の不法行為を抑えつける能力が低いことが世界に印象づけられ、中国のイメージが下がることであろう。

 その点で、輸出食品の安全を管理する国家質検総局の担当者が記者会見で「輸出食品の合格率は99%以上で、安全性は高い」と強調したことは、中国のイメージをむしろ悪くした。外国で中国産食品のイメージが低下している現実を直視し、問題のある食品を水際で阻止する努力を増すことをアピールすれば、中国政府の管理能力に対するイメージも改善したことであろう。

 日本は中国の食料品輸出のうち27%を輸入する大輸入国であるが、それでも日本の中国からの輸入全体の7%足らずにすぎない。食料品輸入が今後大幅に減るとしても、日中貿易の大局に影響を与えることはない。結局、中国産食品バッシングの帰結は日本人の和食離れという思いがけない効果だけであろう。