アフリカに進出する中国
丸川知雄(東京大学社会科学研究所)
最近、アフリカで中国人が犠牲になる事件や事故が相次いで起きた。今年4月24日にはエチオピアで中国の石油会社による油田開発の現場を200名のソマリ族の武装集団が襲撃し、65名の現地労働者と9名の中国人スタッフを殺害した上に、7名の中国人を連れ去る事件が起きた。5月5日には、アビジャンからカメルーンを経由してナイロビに向かっていたケニア航空の旅客機が墜落し、乗り合わせた中国人5名が死亡した。
二つの事件はとても痛ましいものではあったが、これらの事件は中国がアフリカとの経済交流を深めていることを改めて強く印象づけた。エチオピアでの事件に巻き込まれたのは中国石油化学総公司傘下の中原油田という会社である。もともと河南省と山東省にまたがる油田を開発していたこの会社は、近年海外での事業を拡大しており、サウジアラビア、イエメン、スーダン、そしてエチオピアで油田開発にあたっている。
一方、ケニア機に乗りあわせていた中国人5人は、中国の漁業会社の社員、アビジャンで自営業を営む者、そして深圳の通信機メーカー、華為技術の社員などであった。
二つの事件で犠牲になった人々は期せずして中国とアフリカとの経済交流のさまざまな側面を示している。最近、アジア経済研究所より中国・アフリカの経済関係を広く扱った報告書(吉田栄一編『アフリカに吹く中国の嵐、アジアの旋風』アジア経済研究所、2007年3月)が刊行された。この本などを手がかりに深化する中国とアフリカの関係を見ていこう。
中国のアフリカに対する進出形態として第一に挙げられるのが、エチオピアでの油田開発のような中国企業による資源開発投資である。アフリカでの中国企業の活動は、ナイジェリア、スーダンなどでの油田開発のほか、銅、金などの地下資源開発、綿花、木材などにも及んでいる。中原油田のように元来は国内での資源開発にあたっていた中国企業が、資源枯渇に直面して海外にその活動の場を広げている。
また、アフリカ進出の第二の形態としては政府開発援助が挙げられる。2006年11月に北京で開催された中国アフリカサミットで中国はアフリカに対する政府開発援助を3年間で倍増することを表明した。援助の中身は、政府ビルの建設や道路建設など従来は「箱モノ」中心だったが、今後は医療、教育、人材育成などに力を入れていく方針を示している。また、今後3年のうちにアフリカに3~5カ所の「境外経済貿易合作区」を作るという構想も含まれている。これは中国企業を主な対象とする工業団地を造成する計画である。サミットではさらに、2006年現在555億ドルの中国・アフリカ貿易を2010年には1000億ドルに拡大することや、中国企業のアフリカ進出を奨励していく方針も示された。
こうした援助計画に対して、海外のメディアは「資源獲得のための撒き餌」(韓国「朝鮮日報」)だと揶揄しているが、手法としてはこれまで日本が得意としてきた「援助・貿易・投資の三位一体型協力」を想起させる。底なし沼のように欧米からの援助資金を飲み込みながらいっこうに貧困解消の効果を挙げることができなかったアフリカに、果たして中国が展開する「日本型経済協力モデル」が通用するのかどうか、日本としても注視したいものである。
中国のアフリカ進出の第3の形態として、アフリカの現地市場の開拓を目指すさまざまな中国企業の進出が挙げられる。墜落したケニア機に社員が乗り合わせていた華為技術は、アフリカに30近くの現地事務所を展開し、40数カ国に携帯電話網のインフラ設備を販売しているという。華為とライバル関係にある中興もアフリカでのビジネスを拡大している。
こうした大企業ばかりでなく、個人営業の商人も大勢アフリカで事業活動を行っている。中国各地で商業活動を行っていた温州や義烏などの出身者が、遠くアフリカ各地にも進出している。中国産の安価な衣料品や日用雑貨を商う卸売・小売業というのがその事業の中心である。温州や義烏出身の商人たちは中国各地でも自ら商業ビルを建設しているが、その手法がそのままアフリカに輸出され、ガーナ、カメルーン、南アフリカなどにも「温州商城」や「中国商城」が出現しているという。なお、アフリカ人商人たちも中国産日用雑貨の集散地である浙江省義烏に多数やってきて商品を仕入れており、中国から一方的に人が出て行っているわけではない。
治安問題や民族紛争などを抱えるアフリカへの企業進出は冒頭に述べたような危険と隣り合わせである。中国人を狙った犯罪に巻き込まれるケースも少なくなく、ナイジェリアでも今年1月に油田で働く中国人が2度にわたり14名も武装集団に身代金目的で誘拐される事件が発生した。
また、南アフリカのような工業国では、中国製品の流入によって地元産業が打撃を受けて貿易摩擦も起こっている。中国政府は南アに対する繊維・衣料31種類の自発的な輸出制限を行うことで懐柔を図っている。
中国のアフリカ進出に対して南アのような反発も一部では出ているが、概して言えば昨年の中国アフリカサミットの成功が示すように、アフリカ側は歓迎している。他方、欧米では中国の進出に対して警戒を強めており、「新植民地主義」だとの罵声まで浴びせられている。ただ、旧植民地宗主国によるそうした罵声の裏に隠された本音は結局のところ「自分たちの裏庭を荒らすな」ということではないのか、という不信感を中国ならずとも覚えるのではないか。
日本にとっても、アフリカの貧困解消にどのように取り組むのかが問われている。日本としては三位一体型経済協力の有効性を主張したいところだが、残念ながら日本の企業はアフリカに対する直接投資に消極的なため、日本自らはそうした協力を展開できずにいる。日本企業全体が保守化しているのか、中国やタイなど慣れた地域には大挙して進出するが、インドになるともう腰が引け、アフリカとなると2005年の直接投資はわずか23億円にとどまった。
一方、中国の企業や商人たちはアフリカをハイリスクだがハイリターンの土地と考えており、チャレンジ精神に富んだ企業家たちが挑んでいる。2005年の中国の対アフリカ直接投資は日本の20倍にも及んだ。対アフリカ貿易でも中国は日本の2倍以上である。
いまや中国の方が日本型経済協力モデルに近いことをアフリカで展開しているのである。残念ながらこうした動きを日本のメディアは欧米の尻馬に乗って冷ややかに報じるばかりだが、中国との経済関係がアフリカに輸出拡大など積極的な効果をもたらしていることにも注意すべきであろう。中国企業向けの工業団地がもし成功すれば、アフリカに東アジア型の成長モデルを導入する初めての試みとして大いに注目されることだろう。その後に及んでも、もしこれを「新植民地主義」と揶揄しつづけるとすれば、日本が中国や東南アジアで行っていることとの言行不一致を問われることになろう。