中国の産業・企業の実態を解明する

丸川知雄

 

1.導入

 この夏、日本では食品を中心に空前の中国製品バッシングが起こっている。私がいつも利用している生協でも、消費者からなぜ中国産食品を撤去しないのだと苦情が殺到しているらしい。生協はパンフレットや張り紙で、中国産であっても安全性を確認しているとして理解を求めていたが、ついに中国産うなぎが姿を消してしまった。

 ただ、うなぎに対する日本の輸入検査の基準は、1㎏を30年間食べ続けて害があるかどうかというレベルであり、その厳しい基準にごくたまにひっかかるにすぎない中国産うなぎは、常識的に考えれば国産よりも安全なはずだ。中国産が拒否された結果何が起きたかというと、中国から輸入されたうなぎが日本の養殖池で一風呂浴びて国産うなぎに偽装されることである。

 一連のバッシングのなかで改めて日本の第一の輸入相手国である中国の存在が意識されたことは間違いない。農産品でいうと落花生、にんにく、まつたけ、そばは対中依存度が5割を超えている。はまぐり、わかめ、ふぐ、あさり、わたりがにも対中依存度が4割以上だ。日本人の買う服10着中7着が中国産。パソコンは世界の8割が中国産、携帯電話も世界の約半分が中国産。

 存在感を高めている中国経済だが、その全体像をとらえることは容易ではない。製品輸入を通じて、あるいは日本企業の進出先として映る中国、それは外国との関係から見える中国の一側面にすぎない。中国に住んでいてもこの側面しか目に入らず、「中国経済は外資系企業が牽引している」と見る人もいる。「向こう側の世界」が見えていない。中国企業が作り、中国国内に売る世界がデーンと存在し、それは無視できる規模ではない。例えば2006年に中国は4億トン以上の鉄鋼を生産し、第2位の日本(1億トン余り)を大きく引き離したが、これなどは向こう側の世界の典型である。

 逆に向こう側の世界の住人である中国人は専門の学者でもこちら側を知らない。例えば、中国がVTRプレイヤーの大輸出国であることを知っている人が中国に何人いるだろう? VTRは中国では1990年代前半に少し売れただけで廃れた商品というイメージしかない。数年前に日本が中国からのイ草の輸入を規制したとき、「何それ?」と思った中国人がほとんどだろう。

 両方の世界を知らないと中国を知ったことにはならない。今日は特に「向こう側の世界」の事情を皆さんにご紹介したい。

 

2.中国企業の台頭

 ところで、日米での中国製品バッシングのさなか中国に出かけたら毎晩「メイド・イン・チャイナを信じる」という番組をやっていた。中国で商品を買い付けている中国語が達者な外国人商人の口を借りていかに中国製品がお買い得かということを延々と説いていた。こういうキャンペーンが中国国内向けに行われていることは興味深い。実は中国製品に一番不信感を持っているのは当の中国人自身だ。

 今から15年も前に、中国にはすでに「チャイナ・フリー」を実践しているエリート夫婦がいた。赤ちゃんに与える食品は果物以外すべて輸入品を使っているという。当時は家電製品も、中国ブランドの評価は低く、日本ブランドに人気があった。新婚夫婦が新居に落ち着いたら友人たちを招待する風習があるが、その時に家電製品、それも日本ブランドで一揃いないと面目丸つぶれになるので、親が一生懸命貯金するなんていう話も聞いた。

 自動車でも日本と中国の差は大きかった。1985年に中国に若干外貨の余裕が出たため、厳しい輸入規制をひいていたのが一時的に規制が緩んだ。そうしたら一気に大量の自動車が輸入され、多くが日本車、とりわけトヨタのクラウンが入った。その後クラウンは北京でタクシー用車として活用され、1990年代前半まで使われ続けたが、タクシーの運転手の評判はすこぶるよかった。当時、中国で作られていた乗用車と言えば1955年版クライスラー車をコピーした「紅旗」と、56年版ベンツを模した「上海」しかなく、党・政府幹部は国産車をあてがわれてしょうがなく乗っていたが、機会あれば「チャイナ・フリー」を実践したいとうずうずしていた。

 家電での中国企業の台頭

 中国のテレビ市場ではトップ10に食い込んでいるのは三洋(シェア4%)だけで、あとはすべて中国ブランド。PDPでは松下、日立が1,2位を占めるが、PDPの市場自体が小さい。日本では2005年に液晶・PDPとブラウン管の逆転が起きたが、中国でも2005年から液晶テレビ市場が急拡大。中国メーカーはすばやく対応。

 洗濯機、冷蔵庫、エアコン、電子レンジなどではハイアールなど中国メーカーが上位を占め、日本を含む外資勢は下位に沈む。中国の白物家電メーカーは南アジア、アフリカ、ラ米等にも進出。

 ではいま日本を支える自動車はどうか。乗用車でいうとトップはGM(上海GM)で、ほぼ同じぐらいの規模でVWの二つの合弁企業が続く。日本勢は進出が遅れたが近年伸びており、5位に広州本田、6位に東風日産、7位に一汽トヨタ。そうしたなかに第4位に純然たる中国メーカー「奇瑞」が食い込んでいる。第9位には民営メーカー吉利が入っている。

 

3.中国メーカー台頭の理由

 どうやって台頭したか。

 インチキ? その要素はある。例えば2003年に携帯電話でトップになった波導。売上水増しのハイアール。

 ①品質の向上

 ②規模の経済性

 ③アフターサービス網

 だが、より重要な要因、それは産業構造の変化。垂直統合から垂直分裂へ。

 

 戦後、日本の電機産業がどうやって立ち上がってきたか。

 1950年代、米RCAからテレビの技術を導入。10社のTVメーカーのうち6社がブラウン管にも手を出す。以来、基幹部品を垂直統合するモデルが日本では一般的。液晶パネルなどではソニー&サムスンのようにだいぶ集約化が進んでいるが、それでも肝心のものは垂直統合する。韓国のサムスン電子も同じモデル。

 ところが中国メーカーはこのモデルをまったく採用しない。テレビでいえばブラウン管や液晶パネル、冷蔵庫・エアコンでいえばコンプレッサといった基幹部品には見事なまでに手を出さない。最初は、基幹部品に手を出そうにも、技術がない、資金もなかった。初期の中国の家電メーカーは地方政府投資、軍民転換などが多い。基幹部品は中央政府が大規模に投資して、地方のメーカーに配給した。

 いまこの計画経済の仕組みはない。大手家電メーカーはブラウン管工場を買収するぐらいわけはない。だが、中国メーカーは基幹部品を垂直統合したりしない。その代わり、必ず基幹部品を1社に依存せず、数社を競わせる。そのほうが有利だからだ。

 なぜ日本企業は垂直統合、中国企業は垂直分裂なのか?

 各社の基幹部品は「大同小異」である。日本企業は「小異」に命をかけている。液晶TVは薄いというので満足せず、画質の細かい違いを訴える。中国企業は「大同」で満足する。「小異」を気にしなければ、基幹部品をいろいろなサプライヤーから買い叩き、急激な生産拡大にはサプライヤーを増やして対応できる。こうして、生産規模を拡大して、部品調達価格を引き下げ、日本企業にはまねできない低価格を実現し、シェアを奪う。

 日本企業も、ローエンド品の場合には他社から基幹部品を入れたりもする。だが、1つの型番の製品に複数の基幹部品を混ぜると言うことはしない。同じ型番のテレビなのに、一部は青みがかっていて、一部は赤が強いなどというのは、技術者的には許容できないことだ。

 中国企業はこれを平気でやる。長虹電器のある型番のテレビには内外8社のブラウン管メーカーが生産する10種類ものブラウン管が混載されている。同じ型番なのに、あるものは松下の香りがし、あるものは東芝、あるものはサムスンの香りがするというわけだ。

 

4.中国企業の悩み

 中国企業は基幹部品を他社に依存しながらも、複社購買・大規模購買で安く買ってシェアを拡大してきた。ここに躍進の秘密があるが、同時にここに悩みもある。基幹部品を他社に依存していると、同業他社も同じ基幹部品を使えることになる。根本的な製品差別化ができなくなり、価格競争に訴える以外にない。

 世界中がそうした状況に巻き込まれているのはパソコンである。日本企業は小さく、薄く、あるいはテレビ等他の機能を盛り込む。デルは新しいビジネスモデルで成功。中国市場では前者の戦略は一部の富裕な人にしか受けない。後者のモデルに近いものは、中国では無数の零細業者がやっている。北京にハイロン・ビルという場所があり、そこには1000軒ものパソコン部品販売店があって、オーダーメイドでパソコンを作ってくれる。ソフトが違法コピーだし、競争が激しいので、ブランドPCよりだいぶ安い。

 日本企業の路線も、デル・モデルも通用せず、およそブランドPCはやっていけない市場が中国である。そのなかでずっとトップ・シェアを獲得しているのが聯想だ。聯想がなぜトップなのか。それは中国科学院を背景とする半国有企業だという「安心感」が唯一の理由だろう。独特の技術があるわけではないし、ビジネス・モデルが優れているわけでもない。中国市場以外で勝つ見込みはないし、中国にいたままでは同質化競争のなかから抜け出せない。

 その聯想が一か八かの賭けに出たのがIBMのパソコン事業買収だった。自分にないもの(技術、海外でのブランド力、海外での販路)を買うという目的のはっきりした、理にかなった買収で、現状から見れば成功。

 

5.独自技術への挑戦

 PCと似た状況は、中国のいろんな産業に見られる。例えば液晶テレビ。日本ではシャープなどが差別化競争を展開しているが、中国もすぐにキャッチアップしたものの、中国メーカーはみな台湾の液晶パネルメーカーからパネルを購入して、さっそく安価な製品の同質化競争に陥った。結局、儲かっているのはパネルメーカーばかりで、テレビメーカーは損しているという不満が高まり、数社が共同して液晶を垂直統合する動きもある。

 自動車にも似たような世界がある。中国には私のカウントで131社の自動車メーカーがあり、100社は中国系だが、うち93社までは社外からエンジンを買っており、58社は社内でエンジンを作っていない。あちこちからエンジンを買い、買い叩いて安くする、という家電と似た戦略をとるケースがけっこう多い。中国にはエンジン専業メーカーも多数ある。

 そうした環境のなかから、奇瑞や吉利といった乗用車メーカーの急速な台頭が見られた。

 もっとも、乗用車エンジンは一般の中国メーカーには作れない。そこで中国の自動車メーカーは世界中からエンジンを買ってくる。地球の裏側ブラジルからも買うし、調子の悪い頃の日産、あるいは戦略上のミスからエンジン工場だけできてしまった三菱自動車など。エンジンを他社に依存する自動車メーカー、というのは世界的には珍しいが、中国にはいっぱいある。そういう世界が盛り上がって、中国はいまや世界3位の自動車生産大国。来年か再来年には日本を抜くだろう。

 ただ、さすがにエンジンも作れない有力自動車メーカーもあり得ないだろうということで、奇瑞や吉利は自社生産に取り組んでいる。

 

 こうして企業の成長とともに中国企業も基幹部品に手を染める動きも出てきている。だが、これによって中国企業が従来の路線を捨てるとは思えない。乗用車用エンジンのように買いにくいものは社内で作る動きになるだろうが、液晶パネルの垂直統合の話はつぶれるだろう。

 

 いつまでも現状の組み立て屋、技術のフォロワーに徹するのか。私は基本的にそれでいいと思っている。中国国民に安くてよい製品を広く提供する上で素晴らしい貢献をしている。

 だが、中国の政府やメディアはそれに不満だ。核心技術を他国に依存し、ライセンス料を払うこと、あるいは「払っていない」と責められることが嫌だ、という感情が高まっている。中国は膨大な貿易黒字があるから、ライセンス料などケチる必要性はないのだが。

 そこで、最近中国発の独自技術の動きがいろいろと出てきている。

 第三世代携帯電話、次世代DVD、デジタルテレビ放送の規格、などがその例だ。

 このうち次世代DVDというのは、日本でBlu-rayか、HD-DVDかと言っているあれで、たぶん両方ともコケるので、中国技術もダメだろう。

 一方、第三世代携帯電話はけっこう成功の確率が高いと見ている。

 

6.世界最大の携帯電話市場・生産国

 ここから少し携帯電話について話したい。

 技術の話をとりあえず置いて、一ユーザーの立場から見たとき、中国の携帯電話のほうが日本の携帯電話よりもずっと使い勝手がいい。

 第一に、エレベータのなか、地下鉄のなかなどどこでも電波が通じる。日本では下手するとビルの中でも通じない。

 第二に、電車のなかでも使える。

 第三に、海外でも使える。

 第四に、安い。日本では何もしなくても月4000円ぐらい取られる。

 なので、日本にいるときよりも、中国に行ったときの方がよく使う。

 日本はなんでこんなに高いのか?

 実は携帯電話機そのものが高いのが大きな理由だ。

 なぜ高いのか。いろんな機能がゴテゴテ入っているから。

 カメラ、PCサイトビューア、GPS、お財布機能、ワンセグ、ラジオ、ブルートゥース、ゲーム、テレビ電話、ICレコーダ、音楽プレイヤーなんかが入っている。我々はそのコストを支払っているが、どれだけ使っているか? ケータイのGPS機能を使っていますか? テレビ電話かけたことある?

 

 中国のケータイだってメールはできる。カメラ、音楽プレイヤー、ゲームなんかは入っているけれど安い。

 中国は世界1の携帯電話大国だ。加入者は5億人。年生産台数は5億台以上。

 この巨大市場でどのようなブランドが売れているかというと、ノキア、モトローラ、サムスン、LGなど。そこへ中国企業が挑んでいる。

 中国企業の携帯電話生産は、またしても垂直分裂路線だった。最初は開発も製造もせずに、韓国・台湾メーカーに委託していた。次に製造だけ自分でやり、開発を専門の業者に委託するモデルが流行った。日本ではケータイは通信業者がすべてメーカーから買い上げて販売するが、中国では一般の家電製品のようにメーカーが独自に販売する。各社がいろんな階層にあわせて多機種を開発するので、膨大な種類の携帯電話がある。日本はせいぜい80種類ぐらいだが、中国には1500種類以上ある。

 この路線で、中国メーカーはシェアを拡大し、2003年には過半を奪った。特に波導がトップメーカーになった、と言われた。だが、世界を舞台に活動するノキア、モトローラが安さで巻き返してきた。中国メーカーは特許料を払っていないので、中国以外には売れず、規模ではノキア等にかなわない。小規模なのに、負けないぐらい多機種を出すという無理がたたって、その後シェアは下落し、各社は赤字に陥った。

 さらに下からの競争相手が出てきた。それは「ヤミケータイ」だ。ケータイはPCみたいに簡単に組み立てられるものではない。だが、それを簡単にしてしまった人がいた。台湾のMTKである。

 MTKのチップと基板を使って多くの零細メーカーが殺到。今年は外国ブランド1.2億台、中国ブランド6500万台、ヤミケータイ5000万台ぐらいになると予測されている。

 ヤミケータイは日本のケータイのまさに対極にある。それでもメール、カメラ、ゲーム、音楽・動画プレイヤーがついている。

 

 さて、このメーカーにとっては泥沼、消費者にとっては有り難い市場を大きく転換しようとする動きがいま進んでいる。

 それが第三世代の開発だ。日本はもう大半の人が第三世代のものを使っている。中国は第2世代しかない。何が違うかというと通信速度が違う。テレビ電話ができる。PCサイトが見れる。

 第三世代は世界で二つの技術規格がある。日本ではドコモとソフトバンクが一つの規格、AUがもう一つを採用している。

 そこへ中国が第三の世界規格を作ろうとしている。既に国際的には公認されている。これを立ち上げるため、他の二つの規格の運用にずっと待ったをかけてきた。

 ついに今年秋に試験運用、来年に商業運用スタートの予定だ。

 日本のと何が違うかというと、ユーザー的には何も違わない。だが、安くするらしい。端末の目標価格は1500元だ。10都市8000万人のところで試験して、他の規格に差をつけて置いてスタートする。中国で成功すれば、周りも採用する。韓国では既に採用の動きがある。さらに途上国に売り込みをかける。

 

 日本は第2世代の時に世界で孤立した。その反省から第3世代では世界規格作りに積極的に取り組んだ。だが、第三世代は欧米ではそんなに広まらない。世界の第3世代ユーザーの43%が日本人。中国での第三世代スタートは日本勢巻き返しのチャンスと期待されたが、中国規格の成功によりその芽はなくなった。

 ひとりよがりの日本市場がいっそう際だっている。

 

7.結論

 中国のことを知ってどう思ったか?

 ものづくりの邪道? だが、日本の11倍の人がものづくりをしていることを忘れないで欲しい。

 製造業の目標ってなんだろう? 所得水準の低い人にも製品が買えるようにする。松下幸之助の「水道哲学」を日本メーカーは忘れて、中国企業を軽蔑している。

 日本の携帯電話産業はユーザーのことを忘れている。

 一方、中国メーカーは結果的に自分たちが水道哲学を実践していることを余り誇りに思っていないようだ。

 日本企業はもう「水道哲学」に戻れないとしたら、基幹部品・核心技術を日本が提供し、中国がそれを製品化するという補完関係を築ける。そしてその流れはインドやアフリカなど世界の途上国に広まっていく。既に華為がインドのケータイ市場で隠れたトップメーカーになっている。

 日本で独りよがりに陥ってはいけない。中国・インドにはチャレンジを続けるべきだ。