中国の変わった食べ物
丸川知雄
フカヒレやツバメの巣など中華料理では変わった食材を使うことはよく知られているが、日本では目にすることができない面白いものが他にもいろいろある。ここでは私がこれまで食べてきたもののなかからちょっと変わったものを集めて紹介しよう。
さまざまな動物
犬――東北部、特に朝鮮族が多い地方では、犬鍋や犬肉クッパが日常的に食されている。吉林市の裏道を歩いていたときには料理屋の前に肉をはぎ取ったばかりの犬の皮がおいてあった。「新鮮な犬があるよ」という印なのだろうか。北朝鮮との国境沿いの琿春ではその名もズバリ「殺狗廠」(犬の屠殺場)というものがあった。隣接する食堂ではイヌの鳴き声を聞きながら犬肉クッパを味わうことができる。犬肉を食べると体が暖まる、という説があるが、実際には筋が多い牛肉という感じで案外ふつうの肉である。
カエル――南部では一般的な食材だ。「田鶏」という別名の通り、外見は骨付きの鶏肉のミニチュアといった感じだ。鶏肉とフグの中間のような、プリんとした歯触りが心地よい。ただ、骨をいちいちはき出さなくてはならないのが煩わしく、特に小さなカエルだと、テーブルの上にたちまちのうちに骨がうずたかく積み上がることになる。その点、大きなカエルは身をしっかりと味わうことができてよい。
蛇――南部でよく食されている高級食材である。毒蛇は特に値段が高い。輪切りにし、スパイスをつけて唐揚げにして食べる。さすがにいつも身をくねらせているだけあって、肉には弾力がある。店によっては、注文すると客の前で蛇をさばき、生き血を強い酒に入れて飲ませてくれるサービスがある。いかにも精がつきそうだが、効果のほどはよくわからなかった。
蚕のさなぎ――これを最初に食卓で見たとき、私はずいぶん小さなナスだなと思った。だがよく見るとヘタがなく、腹の節があり、虫だということがわかった。焦げ茶色の外皮をかじると、中は真っ白な淡泊な身で、衣装ダンスに頭をつっこんだような独特の香りがする。遼寧省や山東省など養蚕が盛んな地域では、さっと炒めたり、鍋に入れたりして食べている。
サソリ――北京の宴会のとき、そのままの姿で白いせんべいに載って出てきたときには一瞬ぎょっとした。殻がカリッと揚げてあって、かじると小エビの唐揚げのようであるが、特にこれと言った風味はない。でも中国では肌にいいといわれて珍重されており、わざわざ養殖までしているほどだ。
ゲンゴロウ――広東省で食されている。広東料理店では店先にいけすの魚や生きた鶏を展示してあるところが多いが、その一角でたらいの中に生きたまま山のように入れられている。元気よく動き回るさまはゴキブリそっくりだ。食卓に出てくるときもそのままの姿で出てくるので口に入れるのは大変に抵抗感があった。だが腹をくくって口の中に放り込んでみると・・・固い。そう、本当は固い殻をむいて、腹の中身をチュッと吸うのが正しい食べ方なのだ。腹の中身自体は淡泊な味で臭みとかはなく、スパイスの香りとよくマッチして割といける。ただ、むいたあとの殻や羽が皿の上に残るのはちょっと憂鬱だ。
蟻――華東地方で主に健康食品として食されている。蟻を砕いた黒い粉をスープに浮かべたものを飲んだことがある。白いスープのうえにごまのような黒い粉が浮かぶのはきれいではあったが、特にこれといった味はしない。
干潟の動物――浙江省温州市では干潟の珍しい動物を食べることができる。一番のおすすめはマテ貝だ。店先に並んでいるときは泥にまみれているが、食卓に出てくるときは白い透明感のある身で、プリっとした歯触りがある。新鮮なマテ貝の味や歯ごたえは、ブルターニュで食べたムール貝を思い出させる。温州ではゴカイのようなものも食べる。鉛筆ぐらいの太さがあり、スープに入れて食べるのが普通だ。ちょっと苦みがあるが、シャキッとした歯触りで、けっこうおいしい。日本でも九州の一地方でだけ食されているらしい。新鮮なシャコもおいしい。シャコは中国語でも「シャーグー」というが、殻のまま揚げて塩こしょうをする食べ方がおいしい。殻をむくのが手間だが、日本ですしの上にのっているものよりも食べた気がする。
その他の虫――西安での宴会で、じゃこの唐揚げのようなものが出てきた。これは何ですかと聞くと、「シュイチョン(水虫?)」と言っていたように聞こえた。足にできるものとはもちろん無関係で、おそらく川の中に棲む虫に違いないと思ったが、今日までその正体は不明のままである。
くさいもの
臭豆腐(チョウドウフ)――豆腐を発酵液につけて作るようだが、その臭さはハンパなものじゃない。臭豆腐の料理が運ばれてきたとき、私は一瞬「トイレのニオイが入ってきていやだなー」と思ったほどだ。出てきたら早く食べてしまわないと、ニオイを放ちながら円卓をぐるぐる回り続けることになる。臭豆腐は浙江省北部の人々に愛されており、厚揚げのようにして食べる。臭いは強烈だが、口に入れてしまえば臭さよりもうまみの方を感じるようになる。台湾の臭豆腐を売る屋台では「臭中有香」(臭い中に香りあり)という看板が掲げてあって、臭豆腐の特徴をよく表していると感心した。
臭根(チョウゲン)またはラーゲン――臭豆腐の産地、紹興の特産で、臭豆腐同様の強烈なニオイをもった植物の茎である。外は固い繊維なので、中側だけを食べる。店の従業員の話だとこの臭根から採取した汁を使って臭豆腐を作るという。
腐乳(フールー)――豆腐にカビを生やして作る、豆腐版ブルーチーズのようなもの。ねっとりとした歯触りやカビの香りもブルーチーズに似ている。沖縄の豆腐窯もきっと腐乳が伝来してできたものだ。赤みを帯びていて、豆腐窯に似たものや、唐辛子をすり込んだ辛いもの、ニオイがつよい緑色のもの(これを臭豆腐と呼ぶこともある)などいろいろな種類がある。朝食時のお粥に入れて食べるのがふつうの食べ方だが、青菜を炒めるときに入れてもおいしい。
臭魚(チョウユー)――瀋陽のレストランのメニューに「臭魚」というものがあったので、どんなものか注文してみた。そうしたら皿が運ばれてきただけで部屋中にトイレのニオイをまき散らしはじめた。それが日本の誇る臭い食品の「くさや」と同じものなのかどうか、そのときくさやを食べた経験がなかったので分からなかったが、たぶん似たようなものだろう。その後くさやも食べてみたが、くさやの味はハノイで食べたエビを発酵させたソースを思い出させた。このエビ発酵ソースはよく熟成された生ゴミのようなニオイがするが、味はよくて、魚や麺などいろいろなものと合う。くさやもソースにしたら案外いけるかもしれない。
蕎麦
中国に長期間滞在したあと、日本に向かう飛行機の機内食で食べる蕎麦ほど、日本食の良さを再認識させてくれるものはない。中国に住んでいたとき、宿舎の掃除をしていた田舎出身の女の子から「日本ではどんなものを食べるの?」と聞かれ、そばが恋しかった私は「蕎麦麺(そば)なんかをよく食べるよ」と答えたら、「なんだかまずそうなもの食べるんだね」と言われてしまった。中国では蕎麦は雑穀というイメージが強いのだ。私に言わせれば、中国の大学や機関の食堂で供される質の悪いコメの方がよほどまずいのだが。ともあれ中国では日本料理屋以外で蕎麦が麺の形であるいは原料として使われているのを目にすることはめったにない。しかし全くないわけではない。西安で兵馬俑を見に行った帰り、田舎町のレストランに入った。メニューになにやら見慣れない麺の名を見た私は試しに注文してみた。すると黒々とした蕎麦が皿に盛られてでてきた。ただ食べ方が日本とはちょっと違い、ごま油と醤油で軽くあえてある。冷やした蕎麦に油を使うというのは日本ではまず見ないが、こういう食べ方も結構いけるものだ。
変わった食べ物の見つけ方
中国では多くの料理が4文字ないし5文字の漢字で表記されているし、変わった食べ物に限って婉曲に表記されていることが多いので見つけるのは容易ではない。例えば犬肉は「香肉」(シアンロウ。chienと関係あるのだろうか?)と書かれている。メニューにある変わったものを見つけだすには、とにかくメニューの見方に習熟するしかない。そのためには大勢で食事するときには注文係を買ってでるとよい。試行錯誤を積み重ねる中から、その土地土地の珍しいものやおいしいものを見つけだす技量がつくはずだ。
(東京大学社会科学研究所助教授)