反日運動の経済的帰結
4月16日(土)に反日デモは上海など各都市で大きな盛り上がりを見せ、日本領事館等に大量の物が投げ込まれる事態に至った。翌日には町村外相が訪中し、被害に対する謝罪と補償を求め、日中関係がいよいよ緊張した。ところが、その翌日中国の新聞では町村外相が戦争で中国の人々に被害を与えたことに対して謝罪したと報じられ、それ以来、中国政府ははっきりとデモの抑制に取りかかりはじめた。外相会談で実は町村外相は謝罪などしていない、と日本外務省高官が言っているが、これが事実とすると、中国の新聞で「某社等の日本企業が『つくる会』に資金援助している」という意図的誤報で始まった今回の騒動は、再び誤報で幕を閉じられようとしている。
ところで、16日朝の日本テレビ系「ウェークアップ」(8:00~)に再び私はインタビューで出演したが、この番組はひどいものだった。番組は終始デモ発生の理由を反日教育に求め、背後で中国当局が操っているという趣旨で進行した。テレビ局のディレクターが私に要望したのは、「ネット上で日本を侮辱するような書き込みを私の口から紹介する」ことであったが、中国への反感を煽る意図が見え見えだったので拒否した。日本製品不買運動が起きていることに関し、私が「競争相手のどこかの国の企業がそそのかしている可能性」を述べたくだりが放映されたが、はっきり言ってこの発言に根拠はない。1時間余り収録されたインタビューのうち、最もいい加減な10秒が放映された。ただ、もう一つ放映された、「すでに日本は何度も戦争責任について謝罪しているが、この際改めて謝罪の意を鮮明にすることだ」と述べたことについては、まさに翌日の町村外相訪問がそうした効果を持った。
「愛国者同盟網」などの反日運動組織ではすでに16日以前の段階から、デモや挑発的行動をやめて日本製品不買運動の方に運動を誘導しようとしていた。
ただ、これでデモの嵐がやむのかどうかはわからない。日本側で消えかけた火に再び油を注ぐような発言や行動があれば、また爆発する可能性がある。
反日運動の経済的影響についてもテレビで多く報道されるようになってきた。本日(21日)のNHKニュースでは上海モーターショーの参加者にインタビューして「日本車はいいが今は買いたくない」という声を拾っている。
しかし、こういうインタビューは代表性が問題である。ニュースの制作者が、「反日運動により、日本製品の売れ行きも心配だ」というシナリオに合うようなインタビューを拾った可能性が高い。おそらく「やっぱり日本車が欲しい」とか、「もともと日本車には興味がない」と答えた人もいたはずだが、シナリオに合わないから捨てられたのだ。
車のような高価な物を買うときは、消費者は熟慮に熟慮を重ねるはずで、にわかに高まった不買運動に本当に影響されるのかどうか疑問である。「日本車を買いたいが、いま買ったら周りからいじめられる」と心配する人は、騒ぎのほとぼりが冷めるまで待ってでも買うのではないだろうか。
反日運動の結果、中国で日本製品が売れなくなり、日本の景気にまで影響がある、なんて言う報道もどこかでなされていたが、そんなに大きな影響はあるはずがない。ここ2年ほど「中国特需」に湧いてきたのは、鉄鋼、化学、建設機械といった業種であり、こうした物は不買運動の影響はまず受けないだろう。不買運動よりも引き締め政策の強化の方が影響が大きい。
実際に日系企業の製品が中国で売れなくなっているのかどうか、データを検証してみよう。下記の表は、北京の亜運村自動車市場における色々な乗用車の販売台数統計である。3月28日から4月3日の週は、深圳で最初のデモが起こる前、4月11日から17日の週は北京で大使館に投石されたデモの後であり、運動前と運動後を代表している。なお、この市場では、自前の販売チャネルを持たないような自動車の販売が中心であり、市場全体の販売状況とは異なっていることは注意する必要がある。
この表のなかで日系企業が作っているのはAlto, Fit, Land Cruiserで、Familiaはマツダからの技術移転、夏利はかつてダイハツが技術移転したシャレードの改造版である。車種によって増減の方向は様々で、不買運動の影響が顕著とは言えない。
以上のように、反日運動で日中経済関係や日本の景気が大きな影響を受けるとは思えないのだが、この点で注目すべきは、ここ数日中国側で日中経済関係の重要性を説いてデモを抑制しようとしていることだ。このことは、日本にとって中国との緊密な貿易投資関係が重要なカードであることを示している。反日運動が貿易投資関係に与える影響が実際にどれぐらいかはともかくとして、それを大げさに言っておくことは、日本にとってかえって有利であるかもしれない。もっとも、中国側が開き直ってしまうと効果はないが。