台頭する中国民族系自動車メーカー
丸川知雄(東京大学社会科学研究所)
自動車産業は中国の各産業のなかでももっとも弱い環とみなされてきた。国産自動車に輸出競争力はほとんどなく、国内市場ではフォルクスワーゲンやGMなど外国自動車メーカーが中国で現地生産する乗用車が大きなシェアを占めている。だが、今年に入って民族系自動車メーカーが急速に台頭してきた。
11月11日に京都大学上海センターの主催により、「中国民族系自動車メーカーの競争力を探る―奇瑞汽車と吉利汽車に焦点を定めて―」と題するシンポジウムが開催され、筆者もスピーカーの一人として参加した。会場には各地から業界関係者や研究者ら230名以上が詰めかけて民族系メーカーへの関心の高さをうかがわせた。
本誌の読者諸兄には奇瑞(Chery)、吉利(Geely)と言ってもあまり耳に馴染みがないかもしれないので、背景から説明しておこう。
中国の自動車生産は1996年には世界第11位にすぎなかったが、2001年末のWTO加盟を契機に急速に伸び始め、今年(2006年)は700万台前後になると見られる。700万台というと、ドイツを抜き、アメリカ(1200万台)、日本(1080万台)に次いで世界第3位となる。また市場としては今年日本を抜いて、アメリカについで世界第2位の規模となるはずである。
こうした伸びを牽引してきたのが自動車のなかでも乗用車である。早くから乗用車の現地生産を始めていた独フォルクスワーゲンの2つの合弁企業、上海VWと一汽VWが2003年までは乗用車市場全体の4割以上を占める状況にあったが、その後は後発の上海GM、北京現代、一汽トヨタなどの勢いが勝っている。いまや世界の主要な自動車メーカーがすべて中国で現地生産を行っているといっても過言ではなく、大変な混戦状態にある。
そうしたなかで注目を集めているのが2006年1~8月の販売台数で第4位に躍進した奇瑞汽車と第9位に入った吉利汽車という民族系の2大メーカーである。
民族系メーカーというと50年以上の歴史を持つ国有企業である中国第一汽車公司など数多くあるなかで、この2社が特に注目される理由は二つある。
第一に、この2社がとても新しいことである。自動車の生産を始めたのは吉利が1999年、奇瑞は2000年にすぎない。IT産業と違って自動車産業は現場労働者の熟練や開発の経験の蓄積が必要であり、自動車メーカーが成長するには時間がかかるというのが常識である。ところが、吉利や奇瑞はそれまで自動車生産の経験がまったくない更地の状態からスタートし、最初は品質劣悪だと蔑まれながらも、あっという間に外国メーカーと互角に戦うところまで力をつけてきた。ライバルの外国自動車メーカーにとっては驚異であり、脅威でもある。
第二に、この2社が外国メーカーとの合弁・技術提携、また政府からの援助などを余り受けずに育ってきたことだ。従来、中国政府が採っていた戦略は、中国市場という蜜に群がる外国自動車メーカーに対して中国の自動車メーカーとの合弁による進出を強要し、中国側への技術移転を促すとともに、高関税や輸入制限によって合弁メーカーを保護して育てるというものであった。ところが、期待に反して国有の自動車メーカーは自立するどころかますます外国メーカーへの依存を深め、いわば外国メーカーへの名義貸し業に近い存在に堕している。
ところが、奇瑞と吉利は外国のコンサルタントを雇うことはあっても、外国自動車メーカーとの提携関係はいっさいない。政府の保護のなかで育ったのではなく、市場での競争に勝ち上がってきた。中国政府も最近は国有自動車メーカーに愛想をつかし、奇瑞や吉利に期待をかけつつある。
果たして奇瑞や吉利の実力のほどはどうなのかを探るのが冒頭にふれたシンポのテーマであるが、そこで明らかにされたことをまとめると以下のようになる。
まず、2社が短期間のうちに急速に技術力を高めた理由は、一つには外観デザインやエンジン設計などに関して様々な外国企業と開発面での提携を行っていることが指摘された。内部の技術力の不足を、外部の技術コンサルタント会社を雇うことで補っている。人材についても同様で、内部で育てていくのでは間に合わないので、国内の他の自動車メーカーから引き抜いたり、海外で活躍する中国人を招聘したり、外国人を雇ったりしている。
さてそうして形成された技術力がどの程度のレベルにあるかというと、例えば奇瑞の最も売れている車種である「QQ」は、上海GM五菱の「Spark」(元はGM大宇の「Matiz」)と外観も中身もそっくりであり、現状ではコピー生産の段階にある。それも、コピーの対象となる車を構成する部品それぞれの機能を深く分析するリバース・エンジニアリングではなく、単純な形状のコピーに終始している段階であるため、コピーで吸収した知識を元に土台から別の車を開発できる段階ではない。
自動車の製造原価の多くを外部から購入する部品・原材料が占めるが、民族系メーカーの部品取引の現状を見ると、民族系メーカーは上海VWなどが営々と築いてきた部品メーカーのネットワークを利用することによって短期間で生産を拡大できたことがわかる。自社には部品メーカーの善し悪しを判断する能力がないので、上海VWなど中国の有力乗用車メーカーに採用されているかどうかで判断している。
ただ、部品メーカーの管理には苦労しているようで、民族系メーカーは盛んに罰金などのムチをふるっている。例えば部品の欠陥を入荷検査で見つけられず、組立の過程で、あるいはユーザーの手に車が渡ってしまってから問題が明らかになることがある。その場合、民族系メーカーは部品メーカーの責任だとして、それによって生じた補修費等を部品の購入代金から差し引く。こうして部品メーカーに対する買掛金をいわば人質にして、それを払わないというムチによって部品メーカーの品質改善を促そうとしているのである。だが、一方的にムチをふるうだけでは部品メーカーの品質向上に対する積極的な取り組みを引き出すことは難しい。
そんな状況でも奇瑞と吉利が外資系メーカーに伍してシェアを拡大できている主因は低価格戦略にある。中国の自動車ユーザーに対する調査でも、これら2社の車を買ったユーザーの多くはその低価格に惹かれたと答えている。生産性分析によれば、奇瑞と吉利は利益が出るかでないかのぎりぎりの価格水準で製品を売っており、生産能力拡大のための資金を利益から出すことは難しい。末端の販売店を見ても流通ルートは混乱し、店によって販売価格が違うなど、消費者が安心して車を買えるような態勢を構築できていない。
こうして細かく検討していくと、民族系メーカーの弱さが目立つ。現在乗用車市場で民族系メーカーはあわせて30%ほどのシェアを占めているが、今後伸びるとは思えない。ただ、3年前の奇瑞、吉利から、今日の成長ぶりを予測することはできなかった。伸びないという予測は現状の経営姿勢を前提としているが、両者が今後さらに「大化け」する可能性は小さくない。