ネットで火がついた中国の反日運動

 200543日、中国シンセン市で日本の国連安保委常任理事国入りに反対するデモが組織され、現地の日系スーパーの看板を壊す騒ぎがあった。その直前には、日本のいくつかの企業が「新しい歴史教科書をつくる会」を資金援助しているという中国での報道がきっかけとなって、瀋陽の商業団体が日系企業の製品をボイコットする動きもあった。さらに、デモの直後には日本の中学教科書の検定結果が明らかとなり、火に油を注ぐか・・と思われたが、そうでもないようだ。私はこの件で4月5日に東京新聞から電話で取材を受け、それが翌6日の紙面に掲載され、その記事を見たTBSラジオとよみうりテレビから出演依頼があった。実はこの件については、北海道大学の高井潔司教授ら、私よりもずっと詳しい専門家が多数いるはずだが、どうしたわけか東京新聞から取材があったことをきっかけに、にわか専門家に仕立て上げられた。私としては聞かれれば、私の限られた知識を動員して答えるだけだが、特に明日(9日)放送予定のテレビ(日本テレビ系列土曜朝8時ウェークアップ)については、どのように編集されるか自分ではチェックできないので、真意が伝わるのか不安に思っている。私の意図と全く逆の使われかたをする恐れさえ感じている。そこで、この場で一連の取材における問答を再現したい。

 

Q:反日運動が急速に盛り上がった背景にインターネットがあると言われるが?

A:今回の一連の騒動のきっかけになったのが、インターネットに掲載された中国の新聞記事だ。中国のインターネットは一見すると非常に発展しているように見えるが、情報の種類という点からいうと実はそうでもない。ある事柄について調べようとすると、何百という媒体(多くは新聞記事の転載)から全く同文の記事が検索されて出てくる。これは中国における言論・報道が今なお共産党宣伝部によって統制されていることの反映であろう。おそらく活字媒体での掲載が許可されたものが、それならば掲載できるとしてインターネットに転載され、それがネット上の他の新聞に転載されてどんどん広がっていくという仕組みなのであろう。著作権はないに等しいが、独自性のある報道をするよりも、政治的に誤った報道をしないことの方が重要なのだ。なかでも中国を傷つけるような日本やアメリカの行動や発言については、針小棒大に報道され、それが瞬く間に多くの新聞やサイトに転載される傾向がある。卑近な例で言えば、私が「中国の自動車需要は2006年頃に踊り場を迎えて需要増加率は大幅に下がるだろう」と書いたか発言したものが、どこからどう伝わったのか、中国の新聞では「日本の丸川が『中国の自動車需要は2006年頃に激減する』と言っている」と伝えられ、それがたちまちのうちにあちこちに転載されて、すっかりネット上の「有名人」になってしまった苦い経験がある。言うまでもなく、増加率が低下するというのと激減するというのとでは意味が全く異なるが、誤解を訂正しようにも訂正する術がない。
 センセーショナルな記事を伝えているのは、日本では夕刊紙にあたるような大衆向けの新聞で、同じ記事はインターネットだけでなく、中国の新聞スタンドでも売られるタブロイド紙にも掲載されている。インターネットだけで盛り上がっているというのは正確ではない。日本製品ボイコットの騒ぎもその発端は、日本企業が「つくる会」に資金援助しているという必ずしも正確ではない報道なのだが、それが転載されていくうちにあたかも真実であるかのように一人歩きしていく。

 ただ、インターネットと新聞が異なる点は、書き込み機能があり、そこが中国で一般の人々が自分の意見を大衆に向かって表明できる数少ない場となっていることだ。反日運動を組織している保釣連盟などはそれを利用して反日の世論を盛り上げている。

 

Q:なぜこの時期に反日の気運が急に盛り上がっているのか?

A:2003年頃から日本に対する反感が特に若い世代の間で高まっている感じがする。最初は東北部での旧日本軍の遺棄毒ガス弾で被害者が出た事件、続いて珠海での集団買春事件、西安での日本人留学生と中国人学生のトラブル、そして昨年のアジアカップでの騒動と、反日気運が次第に支持者を集めてきているように思う。特に集団買春事件やアジアカップでの騒動は、一部正確性を欠くセンセーショナルな報道によって反日感情を高めた。中国のマスコミが反日気運を盛り上げている要素は否定できない。今回の騒ぎはそうした機運の中で反日運動組織が盛り上げを図ったものだ。

 ただ、13億人の人口のうちシンセンのデモに集まったのはたかだか2000人という見方もできる。重慶のスタジアムで君が代にブーイングした観衆に比べても何十分の1にすぎない。反日運動がどれほど中国全体の感情を代表しているのか疑問に思う。私が接触する範囲の中国の企業家や研究者が最近特に反日的になったという感じはしない。

 

Q:反日で盛り上がる背景にはどんな不満があるのか?

A:マスコミは「格差拡大への不満」といった解説をしてほしいのだろうが、ネットの利用者というのはむしろ所得階層で言えば上位の層である。20-30代の特に男性の利用者が多い。何か別のものに対する不満だと「分析」する前に、まずは戦争責任に対して曖昧な態度をとろうとする日本に対する不満であることは忘れてはならない。日本製品ボイコットにしても、日本の数々の有力企業の「名誉顧問」「名誉会長」「会長」といった肩書きを持った人たちが「新しい歴史教科書をつくる会」の賛同者として名を連ねているという事実がある。「つくる会」の教科書が中国や韓国の国民感情を傷つけるものであることは今回の騒動でも再度確認されたことで、それに肩書き付きの元重役が賛同しているような企業は、果たして中国・韓国のお客さんに製品を買ってもらう気が本当にあるのだろうか疑問に思う。

 反日機運の背景には1990年代からの愛国主義教育があることは間違いない。今回騒いでいる世代は、成長する中国を眺めて育ち、偉大な中国という意識を植え付けられる一方で、中国は遅れた国なのではないかという自信のなさも併せ持っている。それゆえに、中国を軽視するような言動に対して過剰反応する傾向がある。大きな中国から見ればゴミみたいな尖閣諸島の問題であれほど盛り上がるのもそうした自負と自信のなさという二面性を反映していると思う。特に中国と同等以上の力を持っていると見られる国が中国を軽視したりするような言動をとるとすごく反発する。実際、反日と同じかそれ以上に反米気運も強い。9・11の時、中国のネットでの書き込みの大部分は「アメリカ、ざまあみろ」というものだったし、大学では学生が喜んで騒いでいたという。

 

Q:中国政府は反日運動を放置しておくのか?

A:集会やデモの自由は中国の憲法にも書いていることであり、反日デモそのものを制限することは中国の法律に違反することになろう。中国政府としては反日運動が日系スーパーや日本製品をターゲットにしていることに関しては苦々しく思っていると思う。これが日本企業の対中投資に対する姿勢に影響を与え、投資が減ることになれば中国にとっては大きな打撃になるからだ。実際、テレビの報道でもわかるように、日系スーパーが襲撃される場面では警官隊がデモ隊を止めており、決して「放置」しているわけではない。ただ、中国の当局が反日の盛り上がりに少しほくそ笑んでいる面は確かにある。反米や反日で盛り上がってくれることでナショナリズムが高まり、国内の矛盾から目がそらされる面もあるからだ。

 90年代以来の愛国主義教育もあって、ナショナリズムに関わる問題、例えば台湾問題や日本の歴史認識問題などでは、当局も世論の圧力を感じている。反日運動を無理に抑えようとすると、弱腰だという世論の批判にさらされることを当局はおそれている。

 

Q:今回の反日運動に現れたような日中関係の悪化をどうくい止めたらよいのか?

A:まず、反日運動に過剰反応しないことだ。「つくる会」や産経新聞など日本の対中強硬派と、中国の扇情的なマスコミや反日運動組織は、実は同じ穴のムジナであって、相互に挑発しあっては、マッチポンプ式に国内の反日(反中)感情をあおっている。過剰反応するのはまさに彼らの思うつぼである。実際に、今回の反日運動がどれほどの広がりを持っているのか冷静に見極め、我々に危害が及ばぬものであれば無視して、日中双方の強硬派を孤立させることだ。排外主義的言動を弄して威張ろうとする人間は日中双方に今後も絶えないであろうし、相互に挑発し合うことも彼らはやめようとしないだろう。だが、サッカー場でのフーリガンだと思って、勝手に喧嘩させておけばいいのだ。
 言論の自由、教育の自由の下で「つくる会」の教科書を検定不合格にすることは確かに無理であろう。教科書問題に関しては、検定をこの際廃止してしまえばいい。

 「日中関係が悪化している」と言われるが、本当にそうだろうか? 相互の留学生数はますます増え、日本企業の対中投資などビジネス面でも連携も深まっている。首脳の相互訪問はなくても、日本と中国の国民全体として見れば、日中関係はますます発展している。その大局に比べてごく些細な動きである今回の動きについて過剰反応せず、大局を見失わないことが大事だ。