プロジェクトの概要

目的および視点

 ガバナンスをめぐる議論には、こんにちの世界と日本がかかえる課題が凝縮している。ガバナンスは、日本では1990年代の半ばから耳にすることが多くなったことばである。企業不祥事や企業経営の効率性に関連して語られるコーポレート・ガバナンス(企業統治)、開発援助の有効性にとって重視されるようになった途上国のグッド・ガバナンス、福祉国家の行き詰まりの克服を目指して模索される福祉ガバナンスやローカル・ガバナンスなど、枚挙にいとまない。
 それらの課題は、社研の近年の全所的プロジェクト研究(「失われた10年?」、「地域主義の比較研究」、「希望の社会科学」)にも通底している。本研究は、次の2つの視角を重視して、ガバナンスを問い直そうとする。

多層で多様なガバナンスの分析と総合

 さまざまな分野や形で展開されているガバナンス論には、当然にそれぞれ固有の背景と課題があるが、共通の関心ないし相互の補完性がうかがわれる。それは、社会や組織の持続可能な発展にとって、従来意識されていた以上に広範で多様なアクターがかかわりを持つこと、そのため諸アクターの参加・連携・調整の適切なメカニズムが必要になることである。関連して、ミクロ、ローカル、ナショナル、超国家など、異なるレベルのガバナンスのあいだの整合性も課題となっている。本研究は、生活保障ローカル・ガバナンス市場・企業などの組織やシステムをとりあげ、それぞれのガバナンスを固有の構造・文脈にそくして分析し、総合する。

なぜガバナンスという問題設定なのか

 そもそもガバナンス論が多発的に沸き起こり、ガバナンス改革と称する動きが進展してきたことは、なにを意味するだろうか。課題そのものが客観的に変化したのか。むしろ課題の捉え方が変化したのか。それとも課題を追求したり解決する方法の変化なのだろうか。ひるがえって、既存のガバナンス論は、それぞれの問題設定の意義に十分に自覚的であっただろうか。本研究では、ガバナンスという問題設定を招来した要因とともに、その有効性を検証していく。

 このように本研究は、ガバナンスの分析と総合、およびガバナンスという問題設定の有効性の検証を、法学・政治学・経済学・社会学などの領域横断的に進める。現代社会の課題に対処する適切なガバナンスのあり方を展望し、さらに創造的な理論化に貢献することをめざす。

生活保障システムとグローバル経済危機

 2度の世界大戦とその間の世界恐慌への反省に立って、20世紀後半に福祉国家が取り組んだのは、失業の克服と欠乏からの解放だった。その主な方法は、雇用維持政策とともに失業・傷病の際や老齢退職後の所得保障であり、暗黙のうちに男性世帯主が保障の対象とされた。1980年以降には、性別、年齢、出身、障害の有無などにかかわらず、生活が保障され参加の機会が開かれた社会を実現するという課題とともに、福祉国家の限界も意識されてきた。
 人口高齢化や資源・環境といった制約が強まるもとで、生活保障への多様なニーズを見据えて、政府と民間の協調と分担のあり方が問われ続けている。また、ミクロ、ローカル、ナショナル、超国家などのレベルの多様なアクターによるガバナンスが模索されている。そうした生活保障のガバナンスの課題について、本研究は日本に焦点を合わせながら、ドイツ、アメリカ、スウェーデン、韓国、中国、タイなどと比較する。
 中央・地方の政府の規制と所得移転、企業の雇用処遇の特徴、非営利協同組織の役割、家族による育児・介護などの無償労働を、視野に収める。また生活保障のガバナンスの「成果」にかんして、社会的排除の概念を取り入れ拡充していく。社会的排除とは、貧困、所得格差、失業、教育の格差、健康の不平等、市民権の壁などのために、社会参加できないことをさすが、さらに、労働市場内部での排除や社会関係からの剥離なども捉えていく計画である。

ローカル・ガバナンス

 ローカル・ガバナンスという概念には様々な用法があり、混乱も見られるが、大きくいって二つの視点を共有しつつある。
 第一に、地方政府(議会を含む)と住民だけではなく、自治会、NPO・市民団体、職員団体、福祉団体、環境団体、企業、経済・業界団体といった多様なアクターを想定していることである。
 第二に、これらのアクターの間に一方向的な統治・被統治、委任・請負の関係を想定するのではなく、相互的な影響関係を想定していることである。
 財政難やグローバリゼーションによる政府機能の後退と、市民社会の側の一定の組織化が、以上のような視点を要請しているといえよう。
 いいかえれば、ローカル・ガバナンスという概念の目下の意義は、地方における統治・参加の実態を白紙の状態から議論できることを保証したところにあり、この実態にいかなる構造を読み込むかは開かれた問題である。そしてこの問題に応えなければ、いくつかの指標において多元性・相互性への趨勢を指摘するにとどまり、このような趨勢への追認や反発を越える規範を構想することも困難なままであろう。
 本研究は、政治・行政・財政・歴史・思想などを専攻する多分野の研究者が、豊富なヴィジョンを持ち寄り、事例調査の成果を踏まえつつ、この白紙に何かを描こうとするものである。

市場・企業

 本研究は、企業統治(コーポレート・ガバナンス)を、株主と経営者との関係のみならず、取締役、従業員、債権者(金融機関等)、取引先といった多様な利害関係者相互の関係を規律・統御する仕組みと捉えたうえで、基本的な契約理論を分析道具として共有しつつ、日本の経験に焦点を合わせて理論的、実証的に分析するものである。
 企業を取り巻く利害関係者が、将来生じうるすべての事態に応じてとるべき行動を指定する完全な契約を書くことは不可能であるし、契約締結後の当事者の行動を互いに完全に知り、かつ裁判所に対して立証するといったことも不可能である。「ガバナンス」とは、こうした状況が引き起こす問題から生じる損失をなるべく小さくする、よりましな次善解としての仕組みを作ることだと定義できる。このような「ガバナンス」の望ましい形は、時代や社会のあり方によって異なりうる。外生的な要因により、効率的な次善解は異なるからである。
 本研究では、流動的な労働市場・株式市場を前提にした戦前の古典的な企業統治から、従業員の利益を重視するという意味でのいわゆる「日本型企業統治」への移行、そして1990年代以降における労働市場および金融市場における制度変化が企業統治に及ぼした影響を具体的に明らかにした上で、市場環境等の外生的要因と、効率的な企業統治のあり方の関係を明らかにする比較制度分析を試みたい。具体的には、特に、国際比較、歴史分析、そして企業統治と労働組織の関わりに焦点が当てられる。

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