書評 稲垣清著『中国進出企業地図――メイド・イン・チャイナの展開』蒼蒼社 2002年 pp.380

評者:丸川知雄(東京大学社会科学研究所助教授)

 

 著者の稲垣清氏と蒼蒼社は1986年以来、『中国進出企業一覧』を毎年刊行しつづけ、ビジネスと研究のための貴重なインフラを提供してきた。本書は『中国進出企業一覧』を業種別、企業別に整理し、分析を加えたものである。

 本書によれば、日本企業の対中進出数は2001年末時点で2万件余りに及んでおり、もはやその全体像を誰も正確には把握できないほどの規模になっている。『中国進出企業一覧』の20012002年版では掲載範囲をアンケート調査に回答した4000社余りに絞り込んでおり、本書もそのデータベースを利用して日本企業の対中進出の全体像に迫っている。

 「第Ⅰ部 中国の外資導入の推移と日本の対中投資の特徴」は、中国の外資導入と日本企業の対中投資の全体像を分析し、WTO加盟によってどのようなビジネスチャンスが開かれるのかをまとめている。中国各省ごとの日本企業の進出状況についての分析は、産業による進出地域の違いが出ていて興味深い。

 「第Ⅱ部 主要業種別に見た対中進出地図」は、各産業で日本企業がどの地域に進出しているかをまとめている。単に進出先を列挙するのではなく、各企業がどのような経緯で、何を目的にして進出したかについてまで詳しく記述されており、日本企業の対中進出戦略を理解するのに役立つ。それのみならず、例えば「パソコン」の項などでは欧米系企業の進出動向もまとめられているし、「即席麺」の項では中国の産業状況を理解することもできる。いままで余り明らかにされていなかったユニクロ(ファースト・リテイリング)の中国生産の状況について解説されているのも貴重である。

 「第Ⅲ部 日本のグローバル企業の対中戦略」では、電機、自動車、総合商社の3分野について、主要な日本企業が中国でどのようにビジネスを展開しているか解説している。特に松下電器グループの対中投資の展開については詳しく分析されている。

 本書は膨大な数に上る日本企業の対中進出状況を客観的に整理・分析することを主眼としており、日本企業の中国戦略に対する評価や、その成功に向けた提言といった方面についてはきわめて禁欲的である。だが、長い間にわたって日本企業の中国ビジネスを見つめてきた稲垣氏の現状評価や提言をうかがってみたいと思うのは評者だけではあるまい。家電やオートバイに典型的に現れているように、中国市場を目指して数多くの日本企業が進出したものの、その戦果ははかばかしくない。他方、日本や第三国への輸出を目的とした進出は成功例が少なくないし、今後も拡大する見通しだが、そうなると今度は日本国内の空洞化を懸念する声が高まってくる。どうすれば中国市場で成功できるのか、どうすれば中国進出の拡大によって日本国内にもプラスの影響が跳ね返ってくるようにできるのか、日本企業の対中進出戦略、そして日本の対中政策が今日ほど問われているときはないだろう。そうした戦略と政策の再検討へ向けた貴重な現状把握の書として本書を読みたい。