日本の対中依存を検証する

丸川知雄

 

注:本稿は、SSJ Newsletterに寄稿した拙文“Is Japan Ready for Economic Integration with China?”の翻訳である。なお、文中のデータ分析はフジテレビ『報道A』(20071223日放送)のために行ったものである。

 

1.中国製品への不信

 2国間の貿易額が経済統合の度合を測る尺度だとすれば、日本がもっとも経済的に統合している相手は中国である。2007111月の日中間の貿易額は25.4兆円に達し、これまでの最大の貿易パートナーだったアメリカの23.2兆円を上回った。中国が日本の最大の貿易相手になった2007年は、同時に日本人の中国製品に対する不信感がかつてないほど高まった年としても記憶されよう。中国製食品が農薬、抗生物質、細菌、添加剤、その他人体に悪影響をもたらす物質で汚染されているとの疑いが高まった。最近、日本のテレビ番組で行われた調査では日本の市民100人のうち96人までが、「なるべく中国産食品を避けている」と答えている。

 日本で中国産食品に対する不信が突然湧き起こったのは、不信感を高めるような格別の事件がなかっただけに不思議である。厚生労働省の「平成18年輸入食品監視統計」を見ても、中国から輸入された食品が検査によって日本の食品衛生法違反と判定される割合はきわめて低い。1年に91,264回の検査を受けて、違反率は0.58%である。これは全輸入食品の違反率 (0.77%)より低いし、EU (0.62%)、アメリカ (1.32%)、タイ(0.68%)、ベトナム(1.63%)など、日本の主要な食品輸入相手国よりも低い。確かに違反の絶対数はもっとも多く、そのことを騒ぎ立てるメディアもあるが、それは単に中国が日本にもっとも多数の食品を輸出していることを反映するにすぎない。

 さらに、輸入食品の方が国産食品よりも危険だと判断する根拠もない。厚生労働省の「平成14年度農産物中の残留農薬検査結果」によれば、農産物中に農薬が検出された割合は国産品が0.44%であったのに対して輸入品は0.34%であった。

 中国産食品に対する不信感を高めるきっかけとなったのは、おそらく中米で中国産原料を含む風邪薬によって数百名が死亡した事件や、アメリカで中国産原料を使ったペットフードを食べて犬などが死んだ事件が大々的にメディアで報道されたことであろう。こうした事故を起こした責任は、そうした風邪薬やペットフードを製造・販売した業者が負うべきである。原料を製造した中国の業者はそもそも人や動物の口に入ることを想定しておらず、彼らに責任はないはずなのだが、これらの事件は、日本の市民の間に中国の輸出業者は不注意かまたは故意に有害な物質を輸出品に混ぜる恐れがあるという印象を与えてしまった。加えて、中国国内で起きている深刻な食品衛生問題が面白おかしく取り上げられた。後にでっち上げと判明するが、段ボールで肉まんに使う挽肉を作ったというニュースは特に強い印象を与えた。

 こうして2007年夏から秋にかけて、中国産食品は危ないとの報道があたかも大キャンペーンのごとくテレビや週刊誌で展開され、日本人の間に中国産食品に対する恐怖の感情を植え付けた。折しも2007年春から、日本の業者による食品表示偽装事件が次々と発覚していたが、中国産食品の問題があたかもそれらを覆い隠すかのように喧伝されたのは単なる偶然であろうか。日本のスーパーには、なぜ中国産と書かれた食品を棚から撤去しないのか、という消費者からのクレームが数多くよせられた。スーパーによっては、産地がどこであろうともその安全性は監視しており、中国産だからといって特に危険だとは認識していない、というビラを作って消費者を説得しようとした店もあったが、単純に中国産を撤去することでことを納めようとする店もあった。

 こうした静かなる中国製品ボイコット運動は、中国からの食品輸入に大きな影響を与えた。2007111月に中国から輸入された水産品・水産加工品は前年同期に比べて20.5%も減少し、野菜も13%減少した。

 

2.日本はどれほど中国からの輸入に依存しているか

 『中国製なしで過ごした1年』(A Year Without “Made in China”, Wiley, 2007)を書いたサラ・ボンジオルニが体験したように、中国製品をボイコットしようとすることで、かえって我々の日常生活がどれほど中国製品に浸透されているかを意識するようになる。以下では、日本がどの程度中国からの輸入に依存しているかを検証してみよう。

 日本全体としてみると、どの程度中国からの輸入に依存しているか? その答えは2.7%である。読者が想像していたほど高くないのではないだろうか[1]2006年に日本は中国から13.7兆円の輸入を行ったが、これは日本の国内総生産(GDP)の2.7%に相当する。これが、一般的な「輸入依存度」の計算法に基づく、対中輸入依存度である。ただ、個別の品目ごとに検証すると、中国からの供給に相当依存している品目がある。

 まず水産品から見てみよう。ハマグリは92%が中国に依存している[2]。他に、ワカメの77%、ふぐの65%、アサリの47%、ワタリガニの42%、活うなぎの29%、塩蔵・干しイカの25%が中国産である(いずれも2006年データ)。うなぎの場合、活うなぎの2倍の量がうなぎ調整品として輸入されているので、これを計算に入れると、日本はうなぎの60%を中国に依存していることになる[3]。中国は日本の最大の水産品輸入相手国であり、全輸入の22%を占めている。

 次に農産品を見てみよう。日本にとって、中国からの農産品輸入はアメリカに次ぐ第2位で、2006年に全農産品輸入の13%を占めていた。中国への依存度が特に高い農産品は、落花生(生・ロースト)74%、ニンニク(69%)、松茸(64%)、ショウガ(60%)、そば(57%)、ごぼう(29%)、枝豆(26%)、椎茸(22%)、小豆(21%)、エンドウ豆(20%)、ネギ(19%)、タマネギ(16%)である。

 上に挙げた中国への依存度が高い農水産品は、中華料理の材料というよりもむしろ日本料理の材料である。ワカメ、ふぐ、松茸、そば、ごぼうなど日本料理には欠かせない食材だが、中国料理ではそうでもない。日本の輸入業者が中国の農家や漁民に対して、日本でよく売れるこうした食品を栽培・収穫するように指導したのである。加えて、日本の食品加工業者が中国に数多くの工場を建設して、中国産原料から日本向けの加工食品を製造している。こうした日本側からの働きかけによって、中国は日本に対する主要な食品輸出国になったのである。

 中国の野菜農家に対して農薬を使うように指導したのも日本の輸入業者である[4]。日本の消費者が虫食いのある野菜に敏感だからだ。皮肉なことに、今や農薬を使用しているからと、中国産野菜を拒否する日本の消費者がいる。だが、日本料理の食材を数多く中国に依存している現状を考えると、もし中国産農水産品を全面的に拒絶した場合、日本料理の材料の価格が高騰することは間違いない。中国料理ではなく、日本食の値段が上がることになろう。

 中国の農水産品輸出先として日本はもっとも重要であるが、中国から日本への輸出全体に占める農水産品の割合は7%に過ぎない。日本の大衆が中国産食品を全面的にボイコットしたとしても、日中貿易に与える影響や、中国経済に与える影響は軽微である。中国の対日本輸出の89%は工業製品であった。次に工業製品における対中依存度を検証してみよう。

 日本が中国にもっとも依存しているのは衣服・同付属品である。衣服と付属品は2006年の中国からの輸入の16%を占めていた。2006年に日本で販売された衣服うち外衣の69%、下着の82%が中国産であった[5]。もっとも、販売点数ベースではなく、販売された額で依存度を計算すると、中国への依存度ははるかに小さくなるだろう。なにしろ、中国からの輸入単価は外衣が776円、下着は207円に過ぎず、中国産衣服は数が多くても単価や安いからである。2007111月に中国からの衣服・付属品の輸入額は4.9%減少したが、それが中国製品に対する不信感の影響かどうかは定かではない。

 日本が中国に依存するもう一つの商品が電気製品である。なかでも体重計は国内販売台数の100%、卓上掃除機は98%、コーヒーメーカーは95%、トースターは95%が中国産だったと見られる。ただ、これらの商品については、日本国内で何台生産されているかが不明なので、本当の対中依存度はもう少し低い可能性もある。しかし、日本国内ではもはやこれらの製品はほとんど生産されていないだろう。その他に中国への依存度が高い製品としては、ラジカセ(81%), DVD プレイヤー(64%)、ドライヤー(63%)、ひげそり機(62%)、電子レンジ(45%)、パソコン(41%)、電話機(40%)、洗濯機(37%)、炊飯器(32%)などがある[6]。これらの製品に関しては日本国内での生産もまだ行われているが、多くは日本企業がアジア、特に中国に設立した工場から輸入されている。

 その他に中国への依存度が高いものとして、鞄(88%)、靴(51%)、木製寝室家具(38%)、魔法瓶(31%)などがある。またぬいぐるみ、時計、眼鏡フレームの対中依存度を金額ベースで計算すると、67%38%19%となるが、仮に点数ベースで計算すれば対中依存度はもっと高くなるだろう。

 このように非常に多くの種類の消費財を中国に依存しているため、日本人の日常生活が中国製品に取り囲まれているかのような印象を与える。他方、中間財については、中国からの輸入に依存するものはそれほど多くない。例外は、加工食品につかう農水産品である。もう一つの重要な例外は、鉄鋼生産の欠かせない原料であるフェロアロイで、日本は国内の供給の74%を輸入に頼っており、輸入の38%は中国からである。つまり、日本国内のフェロアロイ供給の28%が中国によるということになる[7]

 多くの種類の消費財を中国に依存しているということは、日本の消費者が中国との貿易を通じて直接に、安価で豊富な消費財というメリットを享受していることを意味する。中国との経済統合は直接日本人の生活に益している。2007年の中国製品不信の高まりにもかかわらず、日本の中国との経済統合はさらに深まった。2007111月の中国との貿易は全貿易の17.8%を占め、前年同期の17.2%より上昇した。だが、2007年に広がった静かな中国製品ボイコット運動は、多くの日本人がなお中国との経済統合という現実を受け入れたくない心情を抱いていることを示している。中国との経済統合を制度化する議論に入るのは現状では難しいだろう。ただ、日本人の日常生活がどれほど中国と深く結びついているかを再認識するよいきっかけであることは確かだろう。



[1] フジテレビの収録で、筆者は他の専門家とともに「日本の対中輸入依存度は?」という質問に回答したが、筆者の回答は「5%以下」であったのに対して、他の二人は「30%」前後だった。

[2] ここでの中国への依存度の計算法は、(中国からの輸入量)/(全輸入量+国内生産―全輸出量)である。農水産品の生産、輸入、輸出に関するデータは農林水産省による。

[3] 中国産うなぎ蒲焼きは2007年の夏・秋には一部のスーパーの店頭から完全に姿を消した。だが、実に不思議なことに2007111月のうなぎ調整品の輸入量は13%も増加している。

[4] 馬場祥博「安全、安心の中国食品を日本の食卓へ!」『日中経協ジャーナル』第167号、200712月。

[5] データは経済産業省より。

[6] 国内生産のデータは経済産業省、輸出入のデータは財務省。

[7] データは日本鉄鋼連盟と財務省。