天児慧『中国の歴史11 巨竜の胎動(毛沢東VS鄧小平)』講談社 2005年

 天児先生の本を最初から最後までしっかり読んだのは岩波新書の『中国改革最前線』以来かな。不勉強で恥ずかしい限りです。後者は1988年という時点では最もタイムリーな現代中国へのガイドで、私は何度も読み返したものでした。しかし、6・4事件で民主化への動きが粉砕されて、政治改革への期待と興奮は失われ、私も中国政治への関心を持たなくなりました。今回この本を読んで、今まで天児先生の本を読まなかったことを後悔しました。
 天児先生の新著は中国の現代史です。これまで最も詳しい本は宇野重昭・小林弘二・矢吹晋『現代中国の歴史 1949~1985』有斐閣で、私も主にこの本で勉強しましたが、これに比べると天児先生の新著は次の特徴を持っています。①1人で全部書いている。②解放戦争から説き起こしている。③毛沢東と鄧小平を軸に描いている。④1986年以降現在のことも書いている。これら四点のいずれもが本書の大きなメリットとなっています。まず①は重要です。各分野での資料や研究が増えたことで、一人で政治も経済も外交も全部書くことはますます難しくなり、多くの中国現代史は共著です。しかし、共著となると、他の人の担当と重ならないように書くので、政治と経済のつながり、政治と外交の関連という観点が希薄になりがちです。その点本書は特に内政と外交との絡み合いが特によく描けていると思います。一人で書くのは、膨大な資料と既存研究をフォローしきれないという問題もありますが、本書は一人で書くデメリットを大胆な仮説を提起することでかえってメリットに変えています。②も重要で、宇野・小林・矢吹著はきっかり1949年から始まるため、それで勉強した私も1949年以前の歴史とのつながりがうまくつけられないままでしたが、本書は解放戦争や清朝・民国からの流れもおさえています。③は重要な工夫です。表題を見たときは軽薄な印象を持ちましたが、実際に読んでみると毛と鄧の人生という縦糸を通すことでバラバラになりがちな歴史記述に連続性が生まれ、あたかも歴史物語を読むような楽しさを覚えました。④については、私もいちおう中国屋の端くれとして生きてきた時代のことなのですが、ここが実は一番勉強になったところで、ぼんやりと体験してきた現代史が実はこんなことであったのかと目から鱗が落ちる感がありました。