新刊著者訪問 第1回

『「中国なし」で生活できるか』
著者:丸川知雄
PHP研究所 2009年: 1400円(税別)

このページでは、社研の研究活動の紹介を目的として、社研所員の最近の著作についてインタビューを行っています。

第1回となる今回は、中国経済を専門分野とする丸川知雄教授の『「中国なし」で生活できるか』(PHP研究所)をご紹介します。

中国なしに生活できるか
<目次>
はじめに 「中国なし」の生活は送れるのか
第1章 食卓の主役は中国産?
第2章 世界の衣服工場・中国
第3章 グローバル化するモノづくり
第4章 身の回りに溢れるMade in China
第5章 中国製の自動車が街を走る日
終章 中国への依存をどう考えるか

――まず、この本の概要を教えてください。

 2008年1月に、中国産の冷凍ギョウザに高濃度の農薬が混入する事件が起きました。これをきっかけに、日本の生活が中国からの輸入製品に深く依存していることに多くの人々が気づいたと思います。この本では私たちの生活のなかに中国製品がどれぐらい入り込んでいるのかを明らかにしました。そして中国からの輸入品を含め、輸入製品に依存することのリスクをどう考えたらよいのかについて、私なりの回答を試みています。

――この本を書かれた直接のきっかけは冷凍ギョウザ事件ではなかったそうですね。

 2007年夏、アメリカで中国産原料を使ったペットフードを食べた犬や猫が死ぬ事件が起き、「チャイナ・フリー」をうたう商品が登場しました。日本の週刊誌も中国国内の食品衛生問題を毎週のようにセンセーショナルに取り上げました。ただ、私自身は「何をいまさら」と思いました。というのも、私は1990年代初めに北京に2年間住んで中国の食品衛生問題を身をもって体験し、その頃に比べたら事態はずいぶん改善されたからです。当時通っていた研究所や住んでいた大学の宿舎の食堂の衛生状態はひどくて、炒め物のなかにゴキブリの体が入っていたり、ご飯に小石が混じっていたりしました。最近は中国国民の食品衛生に対する関心が高まってマスコミもよく取り上げるようになり、それを日本の週刊誌が面白おかしく伝えたので、あたかも中国の食品衛生問題が急に降ってわいたように見えたのです。また、アメリカのペットフードの問題について言えば、本来製造者であるアメリカの業者が責任を負うべきなのに、体よく中国に責任転嫁を図った、というのが問題の本質だと思います。

 私は中国で日本市場向けに衣服などを製造している現場にはずいぶん足を運んできましたから、日本にモノを輸出するために工場でいかに細心の注意を図っているかを知っています。特に食品に関しては、2002年に中国産冷凍ホウレンソウから基準を超える農薬が検出されて日本向け野菜輸出が大打撃を受けて以来、輸入商社や中国の農家が相当努力してようやく2002年以前の水準に日本向け輸出が回復した矢先だったので、中国からの食品輸入に携わる関係者たちはさぞかし悔しい思いをしているに違いないと思いました。

 そこで日本国民が中国からの食品輸入にどれだけ依存しているのかを計算したデータとともに、週刊誌等の中国食品バッシングによる「風評被害」について批判した小文をある雑誌のコラムに書きました。するとけっこう反響があり、日本や韓国のテレビ局や週刊誌が取材にやって来ました。取材に答えるために家電製品や家具などについても中国からの輸入に対する依存度を計算してみました。こうしたことが本書執筆のきっかけです。

丸川先生

――この本の「読みどころ」はどこにありますか?

 どのような食品を中国に依存しているのか詳細に明らかにしているだけでなく、衣服、家電製品、オートバイ、ソフトウェア、割り箸や木製品、果ては高級オーディオに至るまで様々な分野での中国依存の実相を明らかにしていることです。この本の主要部分は私が育児休業をとっている間に書きましたので、生産現場の観察と「主夫」感覚を結合した希有な本ではないかと思います。また、日本の食料自給率の問題についてほとんどの論者が「低すぎる」と断じて思考停止に陥っているところ、本書では問題をかなり突き詰めて考えました。例えば、日本は中国からいろいろな食品を輸入していますが、仮にそれらの輸入をすべて国産に切り替えたとしても日本の食料自給率は3%ポイントしか上がりません。さらに、過去20年間に日本人は一度だけ食料供給における深刻な問題に直面しましたが、それは実は輸入への依存度が高い農産物で起きたのではなく、逆に100%自給している農産物で起きました。ここから先は本を読んでください。

――中国産食品の食品衛生法違反割合がとても低いことに驚きました。

 日本の厚生労働省は輸入される食品に対してサンプル検査を行い、食品衛生法に合致するかどうか調べています。それによると、中国からの輸入食品が食品衛生法に引っかかる割合はきわめて低く、平成20年度(2008年度)の場合、0.29%です。これは日本が輸入しているすべての食品の平均(0.59%)や、日本の主要な食品の輸入相手であるアメリカ(0.74%)やタイ(0.66%)よりはるかに低いのです。

 毒ギョーザ事件が起きる前後に、中国産食品の危険性を訴えてテレビで引っ張りだこだった「食品表示アドバイザー」の某氏と対談したおり、彼は中国からの輸入食品が検査に引っかかる件数が最多だからやっぱり危険だ、といっていました。確かに平成20年度の場合も中国の違反件数は259件で、国別で見た場合最も多いのですが、それは中国から多数の品目を輸入していて多くの検査を行っているからです。食品表示アドバイザーの某氏は、全く同じ論法で、1万本のうち100本の当たりくじがある宝くじよりも、100万本のうち1000本の当たりくじの方が有利だとアドバイスしてくれることでしょう。

 ちなみに厚生労働省の輸入食品監視の結果はインターネットで詳細に公開されていますから、輸入食品の問題に関心ある方はぜひ見るべきですね。「世界中のショコラ愛好家が愛してやまないショコラティエ」の何千円もするベルギー産チョコアイスから大腸菌群が検出されて廃棄処分になったとか、全く容赦ないです(笑)。

――「中国製」と表記されていても、現地で日本企業が作っている場合がかなりあるそうですね。

 日本の中国からの輸入といっても、例えば野菜の場合、種子は日本のタネ業者が開発したものだったり、衣服であれば日本企業が中国に設立した工場で縫製されていることが多く、実は日本企業同士の貿易、すなわち「日日貿易」であることが多いんですよ、と本のなかで書きました。ただ、現時点からみると、もう少し生産者として台湾企業や中国企業が成長していることを強調すべきだったと思います。例えば今話題のiPadは、アップルのコンセプトやデザインの魅力だけでなく、製造を請け負っているフォックスコン(台湾企業)の優れた製造技術に支えられている点は見逃せないと思います。かつてもの作りの点では日本企業は台湾企業の師匠でしたが、いま立場は逆転しつつあります。

丸川先生
丸川知雄(まるかわともお)

東京大学社会科学研究所教授

専門分野 : 中国経済・産業

主要業績
『携帯電話産業の進化プロセス――日本はなぜ孤立したのか』(安本雅典と共編)有斐閣, 2010年.
『現代中国の産業』中央公論新社, 2007年.
『グローバル競争時代の中国自動車産業』(高山勇一と共編)蒼蒼社, 2004年.
『労働市場の地殻変動』名古屋大学出版会, 2002年.

――これからの日中関係はどのようになっていくのでしょうか?

 日本と中国はいまや政治、経済、文化、国際結婚など様々なチャネルでつながっており、単に一次元の指標で「いい」とか「悪い」とか言えるようなものではありません。日米関係だってそうでしょ? これだけ多方面でつながっていれば両国関係が決定的に悪化するようなことは起きないだろうと私は楽観しております。

 ただ私が若干懸念しているのは、日本の特に若い世代の間に「ひきこもり」傾向が広まり、中国は言うに及ばず外国のことには関心を持たず、関心を持つとすれば外国の悪い話ばかりという現状があることです。中国関連の本で売れる本と言えば、中国のマイナス面ばかりを強調した本という状態がだいぶ前から続いています。なにしろ最近一番売れた外国関連の本といえば『ルポ貧困大国アメリカ』ですから、外国の悪い話が好まれる傾向は中国に限らずあるようです。こんなことでは日本は世界のなかで孤立を深める一方でしょう。

(2010年8月2日掲載)

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