第2回臨時セミナー(2012年2月21日)
「震災復興のガバナンス」報告要旨集

◆基調報告:<復興ガバナンス>の視角と課題

東京大学社会科学研究所 佐藤岩夫

 昨年3月11日の東日本大震災は、岩手、宮城、福島3県を中心とする東日本各地に甚大な人的・物的被害をもたらした。本セミナーは、都市工学、住宅政策、財政社会学、法学の各分野からゲスト・スピーカーを招き、被災地の復興をめぐる課題を多面的に検討することをめざすものである。各報告に先立ち、基調報告では簡略ながら次の点を指摘する。
 第1に、復興は、被災地域が震災前から抱えていた社会的脆弱性もふまえ、地域の持続的発展を可能にするものとして構想されなければならない。被災地は今回の震災で甚大な被害を受けたが、その多くは、震災以前から、人口流出と高齢化の進行、厳しい地域経済・雇用状況、性別役割分業規範の残存等の課題に直面していた。被災地の復興は、「震災以前」から「震災」を経て「将来」に至る中長期の時間軸の中で、また、このプロセスにおいて視野から外れがちな人びとの包摂に留意しながら進められる必要がある。このことにも関連し第2に、復興の施策は、地域および被災者の生活の実情を踏まえて行われる必要がある。そのためには、被災者の被害の実態、現在の生活の状況、そして将来に向けた生活再建の見通し等をその都度精査し、不断に施策の見直し、検証につなげていくことが重要となる。第3に、復興のプロセスについて、多様なアクターの参加・連携・調整の関係を総合的にとらえる視点が重要である。一方で、国-県-基礎自治体の垂直的な関係、他方で、各地域における行政-住民-企業・非営利協同組織・ボランティア等の水平的な関係を視野に入れ、住民・基礎自治体の自主的な選択の可能性とその適切性を最大限確保しうる参加・連携・調整のメカニズムおよびそれに関わる権限・財源の配分の仕組みが構築されなければならない。本報告では、以上のような復興をめぐる課題を総合的に考察する視角を<復興ガバナンス>と呼び、いくつかの論点の指摘を通じて、各報告への橋渡しを行なう。

Ⅰ 被災地から見た復興の課題

◆東日本大震災1年―被災自治体の復興計画策定の経緯からみた課題と展望

東京大学工学系研究科 石川幹子

東日本大震災による地震・津波の被災地域は、青森、岩手、宮城、福島、茨城、東京に及んでおり、人的被害(死者15,845名、行方不明者3,380名)建築物被害(全壊家屋128,477戸、半壊家屋242,472戸)、避難者数は、337,819名にのぼった。(人的被害・建物被害:平成24年1月23日警察庁発表)
 今回の報告は、震災復興の基盤となる復興計画の策定経緯と現状という視点から、問題点と課題について述べる。2012年1月現在、復興計画については、被災市町村43の内、約8割の34市町村で策定が行われている。このうち、岩手、宮城、福島については、32市町村のうち、30市町村で復興計画が策定済みである。
 筆者は、2011年3月11日、震災発生時より「ペアリング支援」の必要性を主張してきた。これは、2008年5月12日に発生した四川汶川大地震復興を3年間支援してきた経験によるものである。この教訓を生かし、東日本大震災の復興にあたっては、東京大学GCOE「都市の持続再生学の展開」のプログラムに基づき、宮城県岩沼市の支援を継続している。
 今回は、この岩沼市の復興計画策定のプロセスを、具体的に時間軸に沿ってたどりながら、宮城県内の自治体の復興計画をレヴューすることにより、復興に内在する問題点について述べる。
 論点は、以下の通りである。
 1)復興計画は、誰がつくるのか。
 2)合意形成は、どのように行うのか。
 3)地方分権の時代において、基礎自治体の復興計画と広域、および国土計画は、どのようなリンクをもちうるのか。
 4)自治体間の水平的連携としてのペアリング支援を、今後想定される東海、東南海などの地震対策のためのインフラとして構築する制度的枠組みの必要性。

◆住宅再生から地域持続へ

神戸大学人間発達環境学研究科 平山洋介

 被災した人たちの人生を立て直し、地域の持続を支えるために、住まいの再生は重要な役割をはたす。東日本大震災では、「津波」によって、建築だけではなく、「土地」が破壊された。被災者の多くは「持家」に住んでいた。この「津波」「土地」「持家」という文脈のなかで、住宅復興をどのように進めるのかが問われる。
 私の報告では、被災者の実態把握をもとに、以下の諸点を述べる。①被災世帯のグループは、高齢世帯を中心として、子育て・稼働世帯を含み、前者の生活再建を助けると同時に、後者の地域定着を促す施策が必要になる。②復興は長い時間を要するため、応急生活段階の住宅対策を検証・改善する必要が大きい。③被災者の大半が持家再建を望んでいるとはいえ、その達成が実際には困難なケースが多いとみられる。④被災者が震災前に住んでいた場所への帰還を望むとは限らない。⑤津波対策の必要と土地被害のために、先行きの不透明さが増し、それが住宅復興の障壁になる。⑥生活再建の道程はしだいに分岐・拡散し、被災者の均質さはいっそう低下する。⑦以上より、原地持家再建支援・持家新規供給・公営住宅建設という類型的な政策対応を構築し、住宅再生と復興まちづくりを関連づける方向性が必要・必然になる。
 ガバナンスをどのように組み立てるのかという立論は、"供給サイド"のアクターの状況だけではなく、被災した人たちと地域の実情をより重視するところから、絶えず検討し直す必要がある。被災の実態から離れた立論と政策形成は、復興の役に立たないだけではなく、むしろ阻害要因になる。

Ⅱ 課題への対応:財源・権限の配分・調整のメカニズム

◆震災復興・財政再建・土建国家~公共事業は「絆」を生むのか?

慶応大学経済学部 井手英策

 政府は5年間の集中復興期間に19兆円の事業規模を見込んだ。だが、24年度当初予算で18兆円に達するなど、公共事業の膨張は不可避のものとなった。一方、厳しい予算制約の中での復興特需は、被災地周辺の土建業界を超えた広がりを妨げ、地域経済への影響は東北地域とその他で明らかな跛行性を見せている。加えて、財政ニーズは公共事業から社会保障、とりわけ対人社会サービスへと移行したが、税と社会保障の一体改革に見られるように、増税は財政再建に力点が置かれ、人びとのニーズは的確に把握されているとは言い難い状況にある。
 翻って財源面を見てみると、復興財源をめぐっては、金利変動準備金の繰入れ、政府保有株式の売却といった税外収入に加えて、復興特別所得税と復興特別法人税を新たに課すことが決定された。しかしながら、負担を先送りしないという理念の一方で、野党への配慮から復興債の償還期間は当初の10年から25年に延長され、これにともない法人税は3年の措置とされた一方、所得税は25年の長期にわたる増税となった。租税における負担の公正性の問題が色濃く残るが、今後、公共事業が膨張するとなれば、その追加財源がたちどころに問題とならざるを得ない。
 このようにコンセンサスの形成が容易ではないなかで「絆」の重要性が強調されている。課税のためには社会的連帯が必要であるが、その社会的連帯の基礎には公共サービスによる受益を欠くことはできない。しかしながら、客観的には人びとのニーズと齟齬をきたすように、土建国家への逆流が起きつつある。このことは限られた財源や課税の余地をいっそう人びとの要求とは異なる方向へと導きながら、追加的な税負担の必要を生じさせるという皮肉な結果に結びついている。事態が以上のようだとすれば、公共事業をどのように再構築すれば、人びとがその増大を受け入れ、かつ、税負担の増大が合意可能となるだろうか。新しい公共事業像に迫りながらこの問いについて考えたい。

◆震災復興の法技術としての特区制度

九州大学法学研究科 原田大樹

 未曾有の被害を生じさせた東日本大震災の復興を巡る議論において,はじめから主役の座を獲得していたのが復興特区構想である。復興特区は東日本大震災復興構想会議の提言に含まれ,東日本大震災復興基本法でも法整備要請が盛り込まれた(10条)。復興特区はなぜ震災復興の法技術として選択されたのか,そこにはどのような法的特色や問題点が存在するのかを検討するのが本報告の課題である。
 まず復興特区制度がなぜ必要とされたのかを「特区」という法制度の特性に即して検討する(I.)。一定の地域に限定して規制や課税を減免したり,補助金・融資を有利な条件で投入したりする手法を幅広く「特区制度」と呼ぶ場合,特に法的(あるいは政治的)に問題になるのは,規制や課税の減免措置の場面である。そこでしばしば登場する考え方が「一国二制度」排除論である。この考え方を公法学の立場から検証することにより,特区制度の制度設計に必要な法的要請を明らかにする。次に,東日本大震災復興特別区域法の大まかな制度設計を説明した上で,復興特区制度の法技術的特色を「総合化」「手続化」「分権化」の3つのキーワードから分析する(II.)。この作業の中では,従来から存在していた特区制度(沖縄経済特区・構造改革特区・総合特区)と復興特区制度の相違点をも検討する。最後に,震災復興ガバナンスの観点から,復興特区がどのような特色を持っているのかを考察する(III.)。中央省庁間関係において,特区制度は省庁間の協議を高度化する意味を持っている。中央・地方間関係においては,総合特区・復興特区は地方のニーズに応えるしくみを準備することで,団体自治の要請との親和性を高めている。地方公共団体・住民間関係においては,復興特区制度が非常時の自治である特性から,総合特区の制度設計に多少の修正が加わっている。こうした分析を踏まえ,復興特区制度が公法(憲法・行政法)理論に対してどのような示唆を与えるものかを展望することとしたい。

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