臨時セミナー(2011年7月28日)
「企業統治と産業政策―東電処理のガバナンス」報告要旨集

第1部 原子力事業者の責任とそのエンフォースメント

◆原子力事業者の損害賠償責任をめぐる諸問題

東京大学社会科学研究所 石川 博康

 福島第1原発事故による原子力損害に関する賠償処理をめぐっては、文部科学省の原子力損害賠償紛争審査会によって策定された原子力損害の範囲の判定に関する指針(第1次指針・第2次指針・第2次指針追補)が順次公表され、また、原子力損害賠償関連2法案(東電の賠償に対する国による支援および賠償金の立替えに関する「原子力損害賠償支援機構法案」および「原子力損害賠償仮払い法案」)についても国会での審議が進められている。今般の原子力損害に関する賠償処理に向けて、行政および立法レヴェルでの迅速な対応が求められていることについては論を俟たないが、国がいかなる方法および範囲において賠償の支援を行うべきかに関しては、当然のことながら、十分に慎重な検討を経た上での決定がなされなければならない。そして、ここでより重要なことは、以上の賠償処理に関する諸問題についていかに考えるべきかは、単なる政策判断の結果として決定されるべき事柄ではなく、現在の原子力損害賠償法における規律の構造等によって法解釈論的に方向付けられている、ということである。原子力損害の賠償処理に関するいかなる政策上の決定についても、原子力損害賠償法の定める諸制度の枠組や制度趣旨との関係において、法理論的な整合性を示し得るものであることが求められよう。
 本報告では、原子力事業者の損害賠償責任に関する原子力損害賠償法の規律について、諸外国における原子力賠償制度等と対比しつつ、その規律内容の特質とそこから導かれる方向性について、分析を行う。より具体的には、原子力事業者の無限責任の意義、原賠法16条と17条における政府の措置の対比、賠償の対象となるべき原子力損害の範囲などにつき、取り上げる予定である。

◆東電処理に関する考察―法的整理の可能性と権利の優先ルールの問題を中心に―

東京大学社会科学研究所 田中 亘

 福島第一原発事故に伴う東京電力(東電)の責任の処理をめぐっては、とりわけ、東電を法的整理することの是非に関して議論が起きている。本報告は、①現行法の解釈上、東電には賠償責任があること、および②東電に賠償責任を履行する資力がない場合、国(政府)は被害者が賠償を受けられるために必要な援助をする用意があること、を前提にした場合、東電を法的整理したほうが望ましい、と論じる。その理由は、もしも東電を存続させたまま国が東電に援助を行う場合、被害者だけでなく、東電の(被害者以外の)無担保債権者あるいは株主も公的資金で救済することになるのに対して、東電を法的整理し、株式や無担保債権をカットしたうえで、賠償債権をカットされる被害者に対しては国が補償を行うこととすれば、国の負担が軽くなるだけでなく、企業が危険な事業によって第三者に与えた損害をその株主や債権者に負担させることは、企業のモラル・ハザードを軽減するため望ましいからである。本報告はまた、法的整理のスキームを実現するために必要な立法措置の内容や、法的整理の手続(会社更生か民事再生か)や具体的な手段(自主再建型か事業譲渡型か)の選択、あるいは電力債(法律上、損害賠償債権に優先して弁済される)の取扱いの問題等についても論じる。併せて、現在、国会に提出されている原子力損害賠償支援機構法案についてもコメントする予定である。
 本報告は最後に、株主の有限責任が認められ、かつ不法行為債権が一般の無担保債権と同順位にしか扱われない現行法制のもとでは、企業のモラル・ハザード(危険な事業を過剰に、かつ過小な注意をもって行うこと)を助長しかねないという一般的な問題について指摘し、その解決策として、権利の優先関係に関する現行のルールを変更する可能性についても言及する。

第2部 電力産業の組織と規制

◆原発事故賠償問題と電力産業の再生
 

政策研究大学院大学 田中誠

 東京電力福島第1原子力発電所事故に対応するための原子力損害賠償支援機構法(原発賠償支援法)が成立する見込みである。この法律は、新たに原子力損害賠償支援機構を設立して、巨額の賠償責任を持つ東京電力の資金繰りを助けることが柱となっている。
 しかし、原発賠償支援法の枠組みは実質的に東京電力のステークホルダーを安易に救済するものだとの批判が根強い。むしろ会社更生法を適用して東京電力のステークホルダーの責任を厳しく問いつつ損害賠償を貫徹できるとの主張もあった。
 今般成立した原発賠償支援法にせよ、会社更生法の適用の主張にせよ、いずれも既存の原子力損害賠償法(原賠法)に基づくものである。原賠法に依拠するこれらの枠組みは、それぞれ異なる結果をもたらす。本報告ではまずこれらの枠組みがもたらす帰結の違いを整理する。特に、原発賠償支援法の枠組みでは、(1)事故を起こした東京電力のステークホルダーによる負担が小さい分、その他の一般国民の負担が大きく、また(2)長期にわたる電気料金の値上げにつながる可能性が高く、負担が後の世代にも転嫁される恐れがある。
 原発賠償支援法の実際の運用においては、上記の影響を緩和するための措置を十分に施さなければならない。本報告では、(1)一般国民の負担を極小化するために、発送電分離による資産売却が必要であること、(2)電気料金の値上げがやむをえない場合、現世代に対する負担を求め、後の世代につけをまわすのを避けるべきであることを論ずる。
 最後に、発送電分離が電力産業の再生をもたらすことを議論する。全国的に供給力が不足する中、発電市場の活性化が新規参入をもたらし、競争環境下で電源が増加するであろう。また、スマートグリッドの導入が促進され、消費者側の電力需要抑制や太陽光発電などの再生可能エネルギーの普及も進むであろう。

◆原発は、電力自由化(発送電分離)の下で維持できるか―電力新体制と原子力発電―

大阪大学・学習院大学 八田達夫

  東電が原発事故の損害賠償を負担する原資は、資産の売却によって得られる。資産を高い値段で売却できれば、それだけ国民負担は少なくなる。東電の資産のうち企業に売却しやすいものは原発以外の発電所である。それらの発電所を売却し、残った送電線と原発を国が買い取ると、国営の(あるいは半官半民の)送電会社が発足し、自動的に「発送電分離」が実現する。
 発送電を分離すると、第一に電力需給を反映した価格メカニズムが機能するようになる。
 価格メカニズム導入のメリットは、停電の防止である。自由化体制の下では、逼迫時に、「Real Time市場」や「前日取引市場」等の市場における価格が高騰し、全ての大口需要家に需要量を抑えるインセンティブが強く働く。これらのメリットのため、諸外国が自由化を推進してきた。
 発送電分離の第二の効果は、発電事業における新規参入の拡大である。
 これは、日本の電力会社がこれまで維持してきた発電事業の実質的地域独占とそれに伴う利権の放棄をもたらす。結果的には、電力会社と政治との癒着を減らすことになる。
 電力会社は、このような事態が起きることを防ぐため、新規参入者を阻止する手段として、使用済燃料の処分費用を過小評価して、「原発は安い」という"原発ストーリー"を作った。その上で、地域独占によって支えられた政治力と、規制料金を原資とした資金力によって、政・官・学・メディア・労組を宣伝させ、この「原発ストーリー」を、力尽くで世間に受け入れさせてきた。
 すなわち、電力会社は、地域独占に由来する政治力を用いて、原発関連の情報操作を行うことによって、地域独占体制を維持してきたのである。
 東電管区で発送電分離が実現されれば、電力会社全体の政治力を削ぎ、政治との癒着解消の第一歩を踏み出すことができる。
 癒着の解消によって、原発費用の包括的な開示は初めて可能になる。日本国民は、これによって原発の是非を冷静に議論できるようになるであろう。

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