自己点検・自己評価報告書

Ⅰ. 社会科学研究所の現状と展望
現状

 ここでは、1985年の大部門制移行後の動きを中心に叙述する。

1) 大部門制のもとでの研究分野の設定及び変化

 社会科学研究所は1985年に「比較現代法」、「比較現代政治」、「比較現代経済」及び「比較現代社会」の4部門によって構成される大部門制に転換し、今日に至っている。後述する日本社会研究情報センターを含めて、現在の定員は、教授23名、助教授15名、助手12名、国内客員2名、外国人客員2名である。

 4つの部門は、合計22の「研究分野」にそれぞれ分けられている。しかし、これらの研究分野を必ずしも固定的なものと考えず、新しい課題に応えて弾力的に運用することができる点に、大部門制の利点がある。そこで、あるポストが空いた場合、同一の専門分野の者で埋めるという「後任人事」の考え方をやめ、そのつど、どのような専門分野の者を採用することが望ましいかについての合意を形成しつつ人事を進めるというやり方がとられてきた。具体的には、研究組織委員会と称する委員会を教授会のもとに設け(1990年度以降)、この委員会が中期的な期間を定めて人事計画を練り、個々のポストについてどのような分野が望ましいかについて提案し、教授会で最終的に決定する、という手続きが定着している。

 このようなやり方は、合意形成のためのコストを必要とする。しかし、そのようなコストを払うことによって、常に欠かすことができないと考えられる基礎的分野の研究者を安定的に確保する一方、新たな研究課題に対応した新しい分野の優れた研究者を迎え入れるという変化をもたらすことを可能にしてきた。このような変化は、第1に、従来、欧米および中ソに限られていた外国研究について、東南アジアに対象を拡大したこと、第2に、法律分野について、一国法の枠を超えた視点を備えるために、従来は存在しなかった国際法やEU法の分野を加えたこと、第3に、社会科学研究所が伝統的に2本柱としてきた法律・政治系と経済系に加えて、本研究所における「社会科学」の枠を社会学、さらに情報学にまで拡げたこと、に現われている。

 こうして社会科学研究所がカバーする研究分野は全体として大きな広がりを見せてきている。とはいえ、定員に限りがある以上、研究分野の拡大にも限界があることは言うまでもない。このような限界を克服する方向の一つは、個々のスタッフが、それぞれの専門分野を基礎としながらいわば「多能工」化すること、そのことによって、多様な専門分野の研究者が単に同居しているというだけでなく、比較と総合性に導かれた独自の質をもった学問を「ブレンド」してゆくことであり、それはすでに研究所の特徴を作り出してきている。さらにもう一つの方向は、研究所における研究を所外に広がる研究ネットワークの形成に結びつけて展開することである。後者の方向は、今後意識的に追求すべきものであろう。

2) 国際比較の視点をもった総合的、実証的な社会科学的研究及びその中心的課題としての日本社会研究

 それでは、このような人的資源をもって、社会科学研究所は何をしようとしているのであろうか。

 社会科学研究所は、「本邦」の研究と「先進」諸外国の研究とを行うものとして出発した。もともと、諸外国の研究も究極的には日本社会をよりよく認識するためのものであり、その意味では、社会科学研究所の研究は常に、究極的には日本社会にまなざしを注いでいたといってよい。社会科学研究が、自己を生み出した社会の研究を本来とするのはいうまでもないことである。しかし、今日では、日本社会は、研究所のより直接的な中心的研究対象をなすものとして、ますます強く自覚されてきている。その背景として、次の2つの事情を挙げることができる。

 第1は、かつての日本社会認識が、資本主義の歴史的発展段階についての法則的把握と欧米と比べた後進性の克服という課題意識とによって強く彩られていたのに対して、高度経済成長による「経済大国化」と、それと幾重にも複雑に絡み合った法と政治と社会の独特の相貌とを経験することをつうじて、日本の社会システムの独自の特徴(いわば「日本モデル」)をそれ自体として認識する必要性が強く意識されてきた、ということである。

 第2は、第1の点と密接に関連することであるが、諸外国において、日本の社会システムにたいする関心が高まり、独自な社会科学的日本研究が発展してきたことである。このような状況のもとで、われわれ自身の日本社会研究の成果をより積極的に世界に発信すると同時に、諸外国における社会科学的日本研究と交流し、相互に高め合うことが必要であると感じられてきたのである。

 日本社会研究への姿勢のこのような変化の転機となったのは、1985年から92年にかけて実施された全所的プロジェクト研究(後述)『現代日本社会』であろう。これは、社会科学研究所のプロジェクト研究としては初めて日本社会そのものを全面的に直接の研究対象として据えつつ、それを分析する「企業社会」ないし「会社主義」という独自の視角を打ち出して、日本的システムの光と影とを明らかにしようとしたものであった。それに続く全所的プロジェクト研究『20世紀システム』(1994~98年)は、これに対して、日本の社会システムの形成と変容への関心をグローバルな歴史的文脈と構造(システム)の分析のなかに位置づけるものであり、社会科学研究所の日本社会研究の特有性を示すものであった。

 社会科学研究所の日本研究の特有性は、ここで繰り返して確認すれば、第一に、学際的であること、第二に、「社会」研究の視角をもつこと、第三に、国際比較の視点によって「社会」の相対化が行われること、第四に実証的研究であること、にあり、それらによって、国内外の日本研究者にとって信頼性のある日本研究と目されている。したがって、社会科学研究所が日本社会を中心的な研究対象とするという場合、そのことは研究所を狭義の日本研究者のみで構成することを決して意味しない。日本社会研究は、グローバル化する世界のなかで、グローバルな現象そのものの分析を不可欠とし、また、諸外国・諸地域との〈比較〉と〈関係〉の分析なしに進めることはできないのである。そしてまた、それらの研究は日本社会研究の不可欠の前提というのみならず、独自の研究としての意義をもって遂行されるものである。それゆえ、社会科学研究所のスタッフ構成は、日本研究者と外国研究者の相互のバランスをとりながら編成されてきた。また、スタッフ構成において歴史研究と現状分析のバランスをどのように考えるかという問題も考慮されてきている。スタッフ構成におけるこれらのバランスを、 社会科学の課題をいかに把握するかと関係づけながら、たえず問い直していくことが今後も求められるであろう。

 全所的研究プロジェクトにおいても、個々のスタッフの研究に即しても現代社会の比較・現状分析の仕事が重要な比重を占めてきている。そこには政策批判・政策研究が当然に含まれている。実証的社会研究に当然に含まれるこのような政策批判・政策研究をこえて、独自の政策提言的研究をどのように位置づけるかという課題がある。研究所の研究活動は、日本社会の進路についての選択に手がかりを与えるような基礎的かつ実証的な認識を提供する点にその中心的な社会的役割があるが、研究所の課題としてさらに上記の意味における政策研究をどう進めるかを考える必要があろう。

3) 三層の研究体制

 このような課題を背負った社会科学研究所における研究は、3つの層によって形づくられている。

 第一は、個々の所員が、それぞれの専門分野において、独自に課題を設定して行う「専門分野基礎研究」である。ここで一人一人が優れた研究者としての能力を発揮し実績をあげることが、研究所全体の研究の土台であるという意味において、これは「基礎」的な研究である。ここでは、個々の所員に完全な自主性が保障されている。このため、所員が均等に享受する研究所のファシリティーズは確保されるが、特別に必要な追加的研究条件の調達は各人の努力に委ねられている。

 個々の所員の研究成果の交流と相互批判の場として、1971年度より「月例研究会」が開催されてきた。月例研究会は、報告者を所員に限定していたので、所内外の研究交流の場に拡大することを趣旨として1995年度から「月例スタッフセミナー」に改組された。

 第二は、所員が中心となり、研究所内外の研究者を結集して日常的に行われている「グループ共同研究」である。現在約25を数えるこれらの共同研究には、主として同じ専門領域(法律学、政治学、経済学、社会学など)の研究者によって組織されるもの(同一専門型)か、それとも専門領域の枠を超えた研究者によって組織されるもの(学際型)か、共同研究の成果のとりまとめの方法や時期について比較的具体的な目標をもったもの(プロジェクト型)か、研究者間の持続的な意見交換・情報交換に主眼をおくもの(研究交流型)か、両者の混合型かなどの点から見て、多様な性格のものがある。グループ共同研究を組織し参加することも所員の自主性に委ねられ、グループ共同研究として研究所に登録したものに対しては、研究所として一定の援助が与えれることになっている。グループ共同研究を通じて築いてきた研究者の人的ネットワークは、社会科学研究所の貴重な財産である。

 第三は、社会科学研究所における研究の最大の特色となっている「全所的プロジェクト研究」である。これまで「全体研究」と呼び慣わされてきた全所的プロジェクト研究の特徴は、(1) 所員の研究討議を通じて統一テーマを設定すること、(2) 各プロジェクトには大多数の所員が参加していること、(3) 少なからぬ所外の研究者の参加を得ていること、(4) 統一的なテーマのもとに、班研究会や全体研究会、さらにシンポジウム(セミナー)を積み重ねながら最終的な成果にまとめあげていること、(5) 成果の刊行期間を含めて研究期間に5~6年を費やしていること、(6) 成果は必ず6~7巻からなるシリーズの形で刊行していること、にある。これまでに、『基本的人権』、『戦後改革』、『ファシズム期の国家と社会』、『福祉国家』、『現代日本社会』及び『20世紀システム』の各シリーズが刊行されている。文字どおり、社会科学研究所における研究活動の中心であり、研究所の資源の少なからぬ部分がこれに振り向けられている。たとえば、国内客員分野での所外研究者の招聘、非常勤研究員の委嘱などは、プロジェクト研究の必要性を考慮して行っている。

 全所的プロジェクト研究は、各所員の専門分野基礎研究およびグループ共同研究という土台のうえに展開される、研究所における研究活動の集約点である。同時に、それへの参加をつうじて、各所員は新しい研究領域、研究課題、研究視点の開拓に向けた刺激を得ることができる、という関係にある。

 全所的プロジェクト研究の成果としての刊行物は、単なる論文集ではなく、凝集性をもった作品群としてはっきりとしたメッセージを発するものとなることが――結果におけるその成否は第三者の評価に委ねるほかないとしても――目指されてきている。筆者たちの見解が「統一」されていることは必ずしも必要ではないが、対立を含めて有機的な結びつきが保たれていることが理想である。共同研究としての内容的まとまりを重視すれば、課題にふさわしい所外の研究者の協力を積極的に求める開かれたプロジェクトとしての性格を帯びることになり、現にそのようなものとして取り組まれてきた。他方、全所的プロジェクトとして、可能な限り多くの所員が参加することが期待されてきたが、そのことによって参加が形式的になり、内容的凝集性が部分的にせよ犠牲になりがちである、という問題もプロジェクトの組織化に際しては考慮すべき論点となった。

 外に向かって開かれながら、所員全体が緊張感をもって取り組む共同研究を持続的におこなうためには、より適切な共同研究のあり方そのものを開発してゆくことが必要である。現在試みられようとしているのは、相対的に自立的で、外に向かって開かれた複数のプロジェクトが、共通の課題ないし視角のもとに結合した、いわば「連邦型」ないし「重層展開型」のプロジェクト研究であり、このためにはプロジェクト研究実施のための業務上のサポート体制の整備、研究資金の調達などを含めて、一層の創意工夫が求められている。

4) 日本社会研究の国際的ネットワークの結び目

 社会科学研究所が日本社会研究をより直接的な課題として取りあげていく過程においては、日本社会研究の国際的研究ネットワークの一翼としての研究所の役割が一層自覚されることになった。1988年秋に東京大学主催の国際シンポジウム「先進国社会の混迷と選択」を研究所として組織したのを皮切りに、90年には日本語シリーズと外国語シリーズとからなるDiscussion Paper Seriesが刊行され始め、92年には外国人客員部門が設置され、96年以降には常時複数の外国人教授が研究所のメンバーとして在籍し、交流できるようになった。この年の秋にベルリン自由大学との間で学術交流協定が締結されたが、これはすでに10年来部局間協定を基礎に研究交流を継続していた同大学東アジア研究所との緊密な結びつきを一層強めるものとなった。これ以降、学術交流協定を計画的に締結し(後述II 4.3)(3) 参照)、外国人客員教授ポストの活用と合わせて、国際的研究ネットワークを着実に広げている。これまではなおヨーロッパ・アメリカ中心であるが、アジアにも交流拠点を形成しつつある。94年には、日本社会研究に焦点を当てた英文ニューズレター"Social Science Japan - Newsletter"が創刊された。95年には、ベルリン自由大学で開催された国際会議「社会科学的観点から見た現代日本社会」を、ベルリン自由大学東アジア研究所及びオクスフォード大学日産日本研究所とともに主催した。97~98年には、『現代日本社会』全7巻をもとに、外国の読者を対象に再編集した"The Political Economy of Japanese Society"(2巻)をOxford University Pressから刊行した。さらに97年以来インドネシア大学日本研究センターの活動を支援するJAICAの事業を担当しスタッフを派遣している。この事業では東京大学東洋文化研究所と協力している。

 このように、この10年ほどの間の"国際化"の進展には著しいものがある。この発展を土台にしながら、このなかで形成されてきた国際的ネットワークを、社会科学研究所の中心的な活動であるプロジェクト研究の促進に生かしていくことが、今後の目指すべき方向である。

 国際シンポジウム、学術交流協定、外国人客員教授、英文出版物などの一つ一つをとって見れば、今日ではさほど珍しいものではない。社会科学研究所の"国際化"について特筆することができるのは、次の2つの点であろう。

 第一は、社会科学研究所が、これまでに30カ国以上からの、400人を超える比較的若い世代の研究者に、数ヶ月から2年程度に及ぶ日本における研究の足場としての便宜を提供してきたことである。彼らの多くは、今日、それぞれの国における代表的な日本社会研究者として成長を遂げている。言い換えれば、世界各国における社会科学的日本研究の代表的な担い手のなかに、社会科学研究所との結びつきをまったく持たない者を見いだすことは困難である、という状況すら生まれている。

 第二は、このような長期にわたる蓄積を背景に、98年、社会科学的日本研究の英文専門誌として、"Social Science Japan Journal"(年2回刊)を創刊したことである。この雑誌は、社会科学研究所のメンバーに所外の研究者を含めた編集委員会が、国際的なアドヴァイザリー・ボードの援助を受けながら編集をおこなうレフリー制の雑誌として運営されており、Oxford University Pressから発行されている。日本では他に例を見ないパイオニア的なこの事業のために、社会科学研究所はきわめて大きなエネルギーを注ぎ込んでいる。

 こうして、社会科学研究所は、研究者の育成という点でも、研究成果の発信という点でも、社会科学的な日本研究の国際的ネットワークの結び目としての役割を現にはたしている、と言ってよい。しかしながら、このような役割を国際的な要請に応じて十分なものとするためには、研究所の物的施設及び人的な体制に大きな限界がある。現状では外国人研究者にはきわめて不十分な研究上のファシリティーズしか提供できない。また、英文雑誌の水準を保持し、高めるための編集体制の確立には、編集委員である所員の献身的な努力が必要であり、加えて編集の専門的能力と社会科学的研究能力をもち、英語を母語とする者を確保し、さらに翻訳や編集事務のために多くの人的リソースを用意しなければならない。これらの条件をどのように整備していけるかが今後の重要な問題である。

5) 研究情報・研究成果の発信媒体の豊富化

 "国際化"の進展は、研究情報・研究成果の発信媒体の豊富化をともなっている。

 社会科学研究所における伝統的な研究成果の発信手段としては、紀要としての『社会科学研究』(年6回刊)、全所的プロジェクト研究の成果であるシリーズ的出版物、社会科学研究所の所員を中心に所内外の研究者によって行われた共同調査研究の成果を刊行する「調査報告」及び「資料」(いずれも非売品として研究所が発行)、グループ共同研究の成果を刊行する「研究報告」、同じく所員の基礎研究の成果を刊行する「研究叢書」(この2者は市販の形態)があり、外国語のものとしては"Annals of the Institute of Social Science"が刊行されてきた。 今日では、すでに述べた"Social Science Japan Journal"("Annals"はこれに発展的に解消した)、"Social Science Japan - Newsletter"Discussion Paper Seriesがこれらにつけ加わっている。"Social Science Japan Journal"についてはすでに触れた。"Social Science Japan - Newsletter"は、ニューズレターという名称ではあるが、特集のトピックについてのエッセイに参考文献案内がつけられた、日本社会研究へと誘う研究情報誌的な性格をもつ特徴ある出版物であり、社会科学研究所で研究する外国人研究者の発言も掲載されている。また、前掲の"The Political Economy of Japanese Society"に続いて、今後も、プロジェクト研究の成果を外国語で出版することが目標とされている。

 創刊来50年を経た伝統的な出版物である『社会科学研究』は、第50巻を迎えた1998年度から面目を一新した。従来は、所員の執筆した論文・研究動向・書評などを掲載する通常の紀要であったのに対して、現在は学内他部局の研究者をも加えた編集委員会のもとで、一定の企画にもとづく特集方式を採用し、研究所の枠を超えたフォーラムとすることをめざして、国内外の研究者から論文を公募することも試みている。

 こうして、『社会科学研究』と"Social Science Japan Journal"という和文・英文の定期刊行物のいずれもが、研究所外に大きく開かれた研究成果の発信媒体を社会科学研究所が支えるという性格のものとなっている。英文雑誌についてはすでにふれたが、『社会科学研究』についてもその雑誌の学問的水準を維持しながら、同時に広くフォーラムとして機能させるためには編集に大きな力量が要求される。また、「紀要」という形式を脱皮する可能性についても検討する必要があろう。今後二つの雑誌を発展させていくについて、研究所の力量がいっそう試されることになるであろう。

6) 日本社会研究情報センターの役割

 近年における社会科学研究所の活動全体の"国際化"と情報発信媒体の豊富化の水準を飛躍的に高める役割をはたしたのが、1996年に設立された日本社会研究情報センター(以下、「センター」と呼ぶ)であった。

 センターは、「ネットワーク型組織」「調査情報解析」という2つの研究分野及び外国人客員(2ポスト)をもつ、時限10年の研究所附属施設である。センター長(所長が兼任)のもとに運営委員会が設けられ、センター専任教官を中心としながら、研究所全体でその運営を支える体制がとられている。センターの設置は、研究所のカバーする専門領域に新たに情報学研究を付け加えることになり、また、多岐にわたる事業の展開を生み出している。それらの事業は、次の4つの領域に分けることができる。

 第一は、日本社会についての調査資料の蒐集、蓄積、加工、オンライン利用である。この領域で中心的役割をはたしているのが、「SSJデータ・アーカイブ」である。データ・アーカイブは、統計調査・社会調査の調査個票データを蒐集・保管し、その散逸を防ぐとともに、学術目的での二次的利用のために提供する機関であり、欧米のほとんどの国で社会科学の実証研究や教育に活用されている。これにたいして、日本では、組織的なデータアーカイブが存在しなかったため、多くの調査が実施されているにもかかわらず、それらの調査データは当初の集計が終わるとともに徐々に消えていくのが現状であった。そのような状況を打開するため、センターの事業の一つとして構築したのが、SSJデータ・アーカイブである。SSJデータ・アーカイブは、研究所が独自に作成した調査・統計データをデータベース化するとともに、既存の調査資料の寄託を受け、統計調査・社会調査に関する総合的なデータベースとして運用されている。

 第二は、本研究所の研究活動の成果をはじめとする研究情報の国際的発信と、国際的な研究コミュニケーションの組織化である。すでに述べた"Social Science Japan Journal"、 "Social Science Japan - Newsletter"、"The Political Economy of Japanese Society"の刊行はいずれもセンターの事業として着手されたものである。これらに加えて、センターは現代日本の政治経済を中心とする社会科学上のトピックをめぐるインターネット上での国際的討論フォーラム"SSJ Forum"を組織し、現在、内外の研究者約670人がこれに参加している。

 第三は、国際的な研究コミュニケーション手段の開発である。SSJ Forumが英語による意見交換の場であるのにたいして、ここでは、インターネット上での交信をできるだけ多くの言語で行えるようにすることをめざす多言語イントラネットの実験的試みとして、多言語による電子コミュニケーションをめぐるオンライン・フォーラム"Language and Power"があり、日本語、英語のほか、中国語、ハングル、インドネシア語を通じて、言語と国家との関係をめぐる討論が行われている。

 第四は、すでに述べた日本社会研究の国際的ネットワークの形成における役割である。ここでは、センターに招聘された外国人客員教授が、世界各国・地域(これまでに、ドイツ、アメリカ、台湾、イタリア、ロシア、イギリス、フランス、中国、イスラエル、オーストラリアの各大学から招聘)における社会科学研究の最新の水準を研究所にもたらしている。また、社会科学研究所が担当部局となっている東京大学の国際学術協定は、中国社会科学院、ベルリン自由大学、ミラノ大学、ミュンヘン大学、エル・コレヒオ・メヒコの 4カ国5機関、社会科学研究所との部局間協定は、サンガレン大学、インドネシア大学日本研究センター、シェフィールド大学東アジア学部、リヨン第2・第3大学およびCNRS附属東アジア研究所の4カ国4機関に及んでいる。

 センターが作り出したさまざまな可能性は、研究所全体としてまだ必ずしも十分に活用されてはいない。センターが創設の趣旨にそって広く世界における日本社会の社会科学的研究に寄与することを促進しつつ、センターの活動を活かして本研究所がどのように新しい質をもった社会科学研究を目指していくかが今後の課題である。

7) 図書

 社会科学研究所では、毎年6~7千冊の図書を購入している。蔵書は、現在約28万冊であり、大部分が法律、政治、経済、労働、社会など社会科学関係のものである。研究所の設立趣旨から「比較総合」という方法への関心が強く、欧米、中国、旧社会主義諸国、及び日本の近現代史に関わる文献が多い。洋書では旧社会主義諸国の文献が比較的揃っており、近現代中国関係の書物も少なくない(東洋文化研究所に近代以前のものが多いのと補完関係にある)。日本関係では、労働問題・特高関係の諸資料や、産業、法制、政治関係の文献、地方史(県史、市町村史など)、個人全集、伝記類も多い。マイクロ資料が多いことも特色である。

 集書の方針は、(1) 各所員に選書のために図書予算の一定額が割り当てられ、各自が専門領域や研究テーマ等に応じて発注する、(2) 図書委員会が年3回、全所的な観点から分野横断的な重要性をもつ基本図書を選書する、(3) 高額の資料類や全集等は別に費目を立て、所員の要求を図書委員会が審議して可否を決する、などの方法を組み合わせている。また約950種の和洋雑誌を継続購入しており、年2回、新規購入の審査等のために雑誌選定委員会が開かれる。

 サービス面では、他部局よりも遡及入力が進んでおり、インターネットで検索できることもあって、ここ数年非常に他部局の利用者が増えている。9名の職員が対応に努力しており、とくに外国人研究者からは、その親切な対応が評価されている。

 図書室が抱える最大の問題は書庫スペースの狭隘化であり、過去10年の間、数年に一度の割で地階部分を集密書庫化することでしのいできた。しかしもはや限界であり、全学的な保存書庫の設置のために活動を始めている。

8) 研究所の教育活動

 社会科学研究所のスタッフは、一部の例外を除いて法学政治学研究科および経済学研究科のいずれかにおいて常時、大学院教育に従事している(日本社会研究情報センターの助教授は、センターの研究業務に専念するため、原則として大学院を担当しないこととしている)。また、若干のスタッフは、加えて人文社会系研究科及び新領域創成科学研究科において大学院教育を担当している。ほかに、教養学部においては、一般教育課程の学生を対象とする全学自由研究ゼミナールを研究所のスタッフが共同で担当し、一つのテーマを多角的に分析することを通じて、社会科学のおもしろさを若い世代に伝える役割をはたしている。

 社会科学研究所は、すでに触れたように、世界各国の若い世代の日本研究者に日本における研究の足場としての機会を提供してきた。彼らの多くは、研究所のスタッフをアドバイザーにしながら、この機会をPhD論文を完成させるために利用している。これは、「教育」活動としてとくに制度的な位置づけを与えられているわけではないが、社会科学研究所の事実上の国際的な教育機能を示すものであるといえる。この教育機能をどのように位置づけるか、それに応じてなんらかの制度的な対応を準備するか、そのための物的、人的保障の問題を含めて、これが今後の検討課題であろう。

 社会科学研究所は、国際的ネットワークの形成のなかで展開する日本社会の社会科学的研究の成果を大学院教育に活かすことを趣旨として、上記のような多年にわたる実績を踏まえて、これまで大学院独立専攻「国際日本社会」の設置を構想してきた。この構想に関連して、新設された新領域創成科学研究科環境学専攻に「国際日本社会」の科目名で協力講座(2ポスト)を提供している。東京大学は、大学院の部局化を終了させ、大学院を重点とする総合大学に移行している。この状況の下で、総合大学としての東京大学の研究教育の発展にいかなる形で貢献すべきか、という視点を踏まえて、研究所のあり方の重要な要素として、あらためて研究所の大学院教育への関わり方について検討を深めることが必要になっている。

9) 研究助手制度及び研究支援体制

 社会科学研究所の研究助手制度は、大学院修士課程修了以上(法政系)または博士課程修了以上(経済系)の若手研究者に、基本的に研究に専念することのできる数年間の機会を与え、自立した研究者として巣立っていくための研究を仕上げることを助けるものとして運用されてきた。これは日本の社会科学研究の後継者養成の機能を担ってきたと言うことができ、このために社会科学研究所の研究助手制度がはたしてきた役割は高く評価されている。

 しかし、以上のような研究助手制度は、社会科学研究所の今後の果たすべき役割からみて再検討することを迫られている。研究所のプロジェクト研究の推進、日本社会研究の国際的センターとしての役割の強化、またセンターの多様な事業の発展などの課題に即して、研究助手の研究所における活動のあり方を改めて考える必要がある。もちろん、一定の任期が前提になるのでその期間に十分な研究活動を保障する配慮も必要であろう。いずれにしても今後の研究助手制度は、研究所のこのような課題の遂行に参加しつつ、自らの社会科学研究者としての研究能力を形成していく若手研究者の受け入れ制度として運用されていくべきものと考えられる。この基本にたって、現在、研究助手制度の改善のための検討に着手している。

 研究所の若干数の助手ポストは、早くからプロジェクト研究の支援スタッフ及び英語への翻訳を担当するスタッフを確保するために、活用されてきた。これらのポストにあるスタッフが研究所の研究支援体制において果たした役割は極めて大きい。さらに現在では、すでに述べてきたように、大きくふくらんだ社会科学研究所の活動を安定的に維持するために研究支援体制の飛躍的な整備が不可欠となっている。

 社会科学研究所が研究支援体制の整備をとくに必要としているのは、第1に、豊富化した国際的情報発信と研究交流を支える領域、第2に、研究所内外に広がるプロジェクト研究を支える領域、第3に、データベースの作成・維持やコンピュータ・システムの維持・管理の領域である。これらについては、大学に配置される専門員や専門職員によってカバーされるべき職務もあるが、現状ではそのような事務職員ポストを獲得することは極めて困難である。また、とくに第1の領域においては、外国人スタッフを採用する必要があり、いずれにしても事務職員ポストでは困難である。そこで現に助手ポストを利用して外国人スタッフを採用し、支援体制を作っている。研究所の活動を円滑に展開することができるかどうかは、このようなスタッフを引き続き安定的に確保することができるかどうかにかかっている。

 近年、研究所における研究を支援する制度として研究機関研究員、研究支援推進員、リサーチ・アシスタントの制度が設けられ、社会科学研究所にも一定数が配置されている。これらの制度を適切に利用することが極めて重要であり、とくに人事管理に工夫が必要である。また、東京大学の方針の下に本研究所は東京大学の他の文系3研究所とともに合同事務部を構成することとし、研究所にふさわしい専門的事務スタッフの確保を求めているが、それが不十分な場合には事務機構からの研究支援が制約される可能性もあり、この点も配慮しつつ研究支援のための助手ポストの活用を考えることが必要であろう。

10) 自己点検・自己評価

 社会科学研究所の活動は、全所的プロジェクト研究に集約される研究活動全体の質と専門的研究機関にふさわしい研究の量、日本社会研究情報センターの多様な事業及び研究所のその他の諸活動に即して評価が加えられ、その存在意義が問われるものである。これらの活動は、さまざまな機会において、多様な観点から、恒常的に、社会的な評価にさらされるように、差し出される必要がある。また、同時に研究所が全体として、また、スタッフ一人一人が、その活動についてたえず自己点検・自己評価を進めることが重要である。

 社会科学研究所では、1990年から『東京大学社会科学研究所年報』を毎年刊行し、所外に公表してきた。『年報』は、1964年以来作成してきた内部用の自己点検資料『研究実績並びに計画』を抜本的に刷新したもので、個々の所員の研究・教育活動を含む研究所の活動の全体像を示すことにより、自ら律すると同時に、外部からの評価のための材料ともなることを期待している。また、インターネットのホームページにおいて研究所および所員の活動についての情報を広く提供することも重視している。

 また、98年度には、新しい制度として、教授・助教授任用の際の審査報告書を適切な形で公表することを決定した。当面、『社会科学研究』において新規採用者の業績について詳細に紹介するとともに、ホームページにおいても、採用理由と業績一覧を公表する措置をとっている。さらに、教授任用後10年を経過した者について、研究経過報告書を教授会に提出すると同時に、所外の研究者の評価を受けるという制度を導入し、99年度から実施している。

 これらを踏まえつつ、今回、社会科学研究所の活動と組織の全体について、総合的な外部評価をうけることとした。外部評価は、1回限りのものとするのではなく、自己点検・自己評価に基づき、第三者の評価をえつつ、たえず研究所のあり方に改善を加えていくという体制を所内に構築することが重要である。

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